●食への感謝を忘れてしまった日本人
現代人にとって、食は生命を維持する大切な糧であったということを忘れる要因をつくってしまっているのが、最近の風潮のようである。そして、食べることは、基本的には生きることだということを、その念頭から失ってしまっているように思える。
現代人は精神性を失った迷える仔羊(こひつじ)に例えられることがある。そして迷ってばかりで、不安や苦悩の淵から抜け出せない夢遊病者のように、同じ処を、何回も堂々巡りしている現実がある。まさに迷宮に迷い込んだ観が否めない。
こうした状態では、やがて悪魔の虎口に引き寄せられて、抜き差しならぬ状態に陥るのは必定である。
この現実回避の打開策として一つの提示がある。これが古来より日本人が連綿として培ってきた精神土壌である。
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▲ 日本人の精神土壌への再発見を目指して。
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現代人が生き方を模索する上で、その手掛かりとなるのは、古人が培った日本的な精神土壌を除いて他にはあるまい。
現代人は文明という贅肉を余りにも身に纏(まと)い過ぎた為、不自由な心を持ち、それから離れて生活することができなくなっている。しかしここで、文明という醜く纏(まつ)わり付いた贅肉を殺落とさせない限り、これから先の生き方は見えてこないのである。
では、日本人が培った精神土壌を見ていくことにしよう。
惟神(かんながら)は、日本人が培った精神土壌の根底を為(な)すものである。そこには自然の摂理が説かれ、自然と調和していくことが何よりも大切であると説かれている。即ち、自然流に生きるという事である。
春夏秋冬、生々流転の中に動かしがたい真理が存在している。我々は生活を向上させる為のみに科学を発達させ、便利で快適な文化生活を発達させてきた。しかし、こんな時代であるからこそ、もう一度、過去に葬り去られた魂の真理を採掘する意義があるのである。
その自然の摂理を説いた中に「祭り」という、稲作と結び付く四季の観念がある。一年という周期は稲(五穀)と深い関係にあり、一年を「トシ」と定義づけるのは、「イネ」のタネ蒔きから始まって、成長、収穫、貯蔵に由来している。
これを象徴するものに「歳徳神(としとく‐しん)」(【註】その年の福徳をつかさどる神で、この神の在る方角を明あきの方または恵方えほうといい、万事に吉とする)をいう歳月の神がいる。この神は歳月の神というより、五穀豊穰(ごこく‐ほうじょう)を祭る「稲の神」である。いわゆる「霊穀(れい‐こく)」である。
地球上で生命を持つものは、全て霊を持っていると考えた方がよい。稲すらも万物に宿る霊を備えている。それは歳神(さいしん)によって定められ、生命あるものは歳神によって導かれることになる。
霊的食養道といわれる所以も、この歳神の導きに委ねられている。また歳神の移動にも密接な関係があり、一年を通じて、特に忌み嫌われる季節はとりわけ冬である。冬は万物が忌み籠(こも)る期間であり、生命の待機期間である。この時期に、歳神は一旦山に籠ると考えられている。
これが忌(い)み嫌われるようになったのは、人間の四期に例えられるからであり、「生・老・病・死」は、四季の「春・夏・秋・冬」に例えられるからである。即ち、「フユ」という語源は、「死」であり、不吉なものを想像させるからであろう。しかし栄枯盛衰を繰り返す現世において、それに嘆く必要はない。
それは同時に、生命の再生を待っている期間であるからだ。山に籠(こも)った歳神は、やがて春になって野に降りてくる。「フユ」とは「御霊の殖(ふ)ゆ」であり、「殖ゆ」は増えるの意味がある。この時期に辛抱して耐え忍び、忌み籠る間に、確実に新たな生命が「殖やされている」のである。
そして農耕民族であればこそ、五穀豊穰(ごこく‐ほうじょう)を願い、収穫はその年の気候に依存していた。
このように日本人の起源は農耕民族として、自然の慈悲に縋(すが)りながら、「自然と闘う」ことを、「自然と共にある」という自然観で受け止めて、遊牧民族や騎馬民族と違った生き方をしてきたのである。
しかし今日の日本人は、物質至上主義・科学万能主義という、一種の物欲宗教を信じた為、かって太古の日本人が養った精神性が薄れてしまったのである。その上、羊飼いのような錯覚に陥って、自然と闘い、太陽に抵抗し、水不足に抵抗し、暴風雨に抵抗し、山や森林を乱開発してレジャー施設を造り、欧米の自然管理を模倣して、それを凌(しのご)ぐ勢いで、大自然に挑戦を挑んでいるのである。
然(しか)し乍(なが)ら、日本人の魂の中には、いつの時代も常に農耕民族であり続けたいという心理構造が働いていた。このような欧米主義に抵抗して、不屈の反骨精神で立ち向かっている、僅かな食養家もいることは事実である。
今学ぶべきことは古人の培った自然と共にある智慧(ちえ)であり、この魂を呼び起こさない限り、日本人の明日はないであろう。差し詰め米は、重要な手がかりを記す道標であろう。
昨今は米が神から離れて、単に物質と化し、食料品に転落をしている。飽食の時代にあって、米が単に、食料品に成り下がったのは、豊かに実った米を神に捧げ、豊穰(ほうじょう)の秋の収穫を祝う心を忘れてしまった時から始まるのである。
つまり今日の農業を見ていると、もう既に稲作は目的ではなく、澱粉(でんぷん)生産が目的であり、精白米のような胚芽を持たない米の変形食品を作り出すことが目的になってしまっている。米の生産者たちは、澱粉の製造と販売の利益のみを追及することが、その目的となり、これまで連綿として続いてきた稲作農法は、企業的経済農法に取って代わられてしまったのである。
したがって、現代人が再び自然の理法に接し、自然から学び取る本当の意義がここにあるのではあるまいか。
●カルシウム不足が社会を狂わす
青少年の犯罪は昨今に至って、凶悪化の一途にある。
暴力団対策法が成立して以来、日本のヤクザの動きは封じ込められたような状態になり、それに変わって、アメリカの犯罪シンジケートが幅を利かすようになってきている。特に拳銃や麻薬などの犯罪が凶悪化する材料は、着々と青少年のあいだに持ち込まれ、カブ組織などの末端グループには、膨大な量が入手されているという。
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▲ 日本に大量に持ち込まれるトカレフTT33。トカレフは旧ソ連軍軍用拳銃として生まれたが、この拳銃から撃ち出される軽量高速弾は、一般の防弾チョッキなどは軽々と貫通する威力があり、その為に日本でも多く出回っている。
日本で出回っているトカレフは中国製のものであるが、性能は同じであり、トカレフは、大き過ぎず、重過ぎず、日本人にも扱い易く、安価で入手出来る為、その筋では引っ張りだこである。 |
さて、日本人のカルシウム不足は現在アメリカなみで、これが現代人を激怒させやすい体質にしているとも言われる。
戦後の日本人の食生活は欧米型に変わり、雑穀類や根野菜や芋類が少なくなり、逆にパンや肉類や乳製品を中心にした食品が多く食卓に並ぶようになった。
米は益々精白化され、ミネラル的な要素から澱粉要素だけが摘出されて、古人の培った日本人の知恵が失われつつあり、特に玄米の要素は殆ど失われ栄養化と整腸作用の薄い、口当りのよい澱粉質のみが問題にされて片寄った体質に日本人を造り替えている。青少年の食文化は欧米型の食べ物が中心になり、その中心は肉類や卵子類や乳製品であり、究めてカルシウムが少ないものが好まれている。
カルシウムが豊富であると信じられている牛乳一つ上げても、牛乳は牛の母乳の数十倍の濃度に薄められ、その上にウルトラプロセス熱処理法という方式で作られているため、乳酸菌の殆どは死んでしまっている。このために整腸作用能力は極小であり、骨太にする効果は一切なく、神話的な宣伝のみが先走りして、究めて産業社会のご都合主義の情報工作に大衆が振り回されているというのが実状のようである。
また、昭和四十六年以前までは自然塩の中に豊富に含まれていたカルシウムを始めとするミネラルは今ではその跡形もなく、イオン交換電気樹脂解析法という方法で造り出され、塩化ナトリウム99%の精製塩になってしまっている。国会でイオン交換樹脂電気解析法という法律が可決されるまでは瀬戸内海の至るところに塩田があった。
しかし今では、それを見ることが出来ない。同時に海水から作られた自然塩には100%の食品のうちカルシウムを始めとするミネラル類が20%も含まれていたのに、現在にイオン交換樹脂電気解析法によって作られた人工精製塩にはミネラル類が一切入っていないのである。今日では自然塩を採取することは法律で緩和され、その生成は自由になったが昭和46年以前にまで回復していない。
日本人はミネラル類不足に併せてカルシウムも不足している。
人間はカルシウム不足になると神経を苛立てるのである。以前のように骨まで食べられる小魚や青魚を食べなくなり、雑穀類や根野菜を食べなくなった今日、果たして冷徹な判断と冷静な思考能力が養っていけるだろうか。
現在は口当りのよい美味なる味のみが追求され、その多くは柔らかい食品である。今日巨匠と称される料理人の多くは、高級指向の食通のニーズに応えるため、舌先三寸、目先三尺の料理ばかりを作って食通美食主義の先端を走っている。これがやがて日本人の舌を狂わせ、最後は思考能力までも狂わせてしまうのだ。
柔らかいものが好みであるということは、租借回数が少ないということであり、租借回数の少ないことは米噛(こめかみ)の筋肉を弱め、米噛付近にある静脈の血液は停滞した状態のままになってしまう。
●ほどほどに、そして控えめに
『菜根譚(さいこんたん)』には栄養として吸収した食べ物が時として、自らを滅ぼすということを上げている。
爽口之味、皆爛腸腐骨之薬。五分便無殃。快心之事、悉敗身喪徳之媒。五分便無悔。(前集百四)
爽口の味は、皆爛腸腐骨の薬なり。五分(ごぶ)なればすなわち殃(わざわ)いなし。快心の事は、悉(ことごと)く敗身喪徳(はいしん‐そうとく)の媒(はからう)なり。五分なればすなわち悔(く)いなし。
口当たりのよい珍味は、これを過ごせば全て胃腸を損ない、五体を傷つける毒薬となる。美味美食に溺(おぼ)れること無く、ほどほどで止めておけば、何も害になることはない。心を楽しませる享楽遊戯事(きょうらく‐ゆうぎ‐ごと)は、これに耽りすぎると、全て身を誤る原因を作り、人格を損なうことになる。楽しさに溺れること無く、程々手を引けば、後悔をすることはないのである。
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| ▲食肉は人間向きではない。何故ならば、人間は肉を消化する「消化酵素」を持たないからだ。肉は腸内に入って、停滞し、腐るのである。その、腐った腐敗物質が、腸壁の絨毛から吸収されて、血液の乗り、全身を循環する。この酸毒物質は、老化した部位に止まり、そこで正常細胞を畸形化(きけい‐か)させて、ガン化が起るのである。食肉などの珍味と云われる、口当たりのよい食品は、ほどほどにしなければ、最後は病魔に斃(たお)れる事になる。 |
●飽食の時代の終焉
昨今は食通や珍味に大衆が舞い上がってしまった現実がある。マスコミの食情報に煽られて、美食を追いかけ、料理人の世界は今や鉄人や巨匠の域に祭り上げられて、舌先三寸、目先三尺の世界が大いに幅を利かせている。
飽食と享楽に明け暮れる現代にあって、一昔も二昔も前に比べれば、美食と思われるものが容易に食せるようになった。誰もが舌先三寸の見栄えの良い、贅沢(ぜいたく)な味を追い求めている。そして「食通」は文化人の代名詞になっている。
しかしマスコミはその表ばかりを見せて、その裏は決して見せることがない。要するに快楽ばかりを教え込んで、その表裏一体の関係にある毒の一面を隠し、それはあたかも人間として未熟な子供に快楽という、堕落の毒薬を盛るようなものである。
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▲ 日本人に相応しい食餌は、玄米穀物を中心にした菜食である。しかし、日本は昭和三十年代の高度経済成長を機転に、これまでの食体系は崩壊し、欧米化の食思想が持ち込まれ、日本人は次第に動蛋白へと奔(はし)るようになった。
だがそれは、食卓に星条旗が飾られるだけではなく、食への慎みを忘れさせ、食への乱れを大きくして、不穏な社会構造を作り上げる結果を招いたのである。 |
また、生産者や食品産業の代表者は、商魂巧みにも見てくれの悪いものは間引き、見てくれの良いものは発色剤を使って色鮮やかに見せ、保存のために保存剤を使って消費者の眼を欺いている。そして忘れてはならないのが、全ての動植物食品に農薬が使われているということであり、この残留農薬は微量であるが長期に渡って使用すると、人体にとって非常に有害な物質である。こう考えてると、世の中に出回っている食品の多くは何一つ食べられるものなど無いということになってしまう。
確かに日本国民は、今日の不況下にあっても比較的裕福であり、食べるに困らない十分な食糧の備蓄があり、世界一の長寿国を誇らしげに自称している。しかし、実態は豊かさと引き替えに環境汚染を推進し、発ガン性燻蒸ガスに毒された外国産農作物や食肉、養殖の魚介類などを食べている。
食環境は、地球汚染と同じく、悪化の一途にあり、生産社会の中で人間の体はゴミ溜めの如き状態に追いやられ、誰もが、それに気付くと気付かないとに関わらず、沈黙し忍従しているという事が現状のようである。
今日の日本において、食べ過ぎて死んだ人は大勢いるが、食べないで死んだ人はまだ一人も出ていない。人間は水だけで三カ月も生きられる(世界の断食記録には90日という記録がある)という。そして食生活を粗食(霊的食養道を実践する)にすることは健康と長寿に繋がるのである。
30歳を過ぎたら野菜の味を覚えなくてはならない。歳を重ねるごとに野菜の本当の旨さがわかり、その美味なる事を味合わなければならない。今日のように肉食と美食を追い求め、飽食に明け暮れるヤラセ的な流行にはどこか間違いを感じてならない。
我欲は美食を食らう欲望が旺盛になり、いじましいまでの食欲が肥満体を作る。そして肉体に取り憑く贅肉も、物質に取り憑く文明という贅肉も、未だに捨て切れずにいる。それは丁度、「しがらみ」を引き摺った哀れな老人のように……。
また昨今は、若者の老化現象が急速に進んでいる。青少年は美食や贅沢な味に、その歯触りと舌先が慣らされてしまい、若年層の成人病が急増しているという。
胃袋のこびりついた未消化の肉片は、胃拡張に至らしめ、うまいものを食べた自慢だけが美味愛好者や食通仲間たちの間で持て囃(はや)されている。
この舌先三寸、目先三尺の微視的食道楽の世界が、「健康イコール粗食」という古来からの考え方を曇らせて、食の目的を、生命維持の分野から一挙に突き落とし、五感の末端部分である味覚、視覚、触覚、臭覚の各々の微視的視野に閉じ込めて、迷宮に迷い込ませてしまったことに、そもそもこの悲劇ははじまっているのである。
●古来からの粗食・少食に戻る
本来、日本人は長寿の国であった。それは日本の歴代の天皇の年齢を見れば明白となる。
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即位順
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天皇名
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年代
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生存年齢
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陵名
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初 代
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神武(じんむ)天皇
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前660
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137歳
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(畝傍山東北陵)
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第2代
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綏靖(すいぜ)天皇
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前581
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84歳
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(桃花鳥田丘上陵)
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第3代
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安寧(あんねい)天皇
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前548
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67歳
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(畝傍山西南御陰井上陵)
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第4代
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懿徳(ことく)天皇
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前510
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77歳
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(畝傍山南繊沙渓上陵)
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第5代
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孝昭(こうしょう)天皇
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前475
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104歳
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(掖上博多山上陵)
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第6代
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孝安(こうあん)天皇
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前392
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137歳
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(玉手丘上陵)
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第7代
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孝霊(こうれい)天皇
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前292
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128歳
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(片丘馬坂陵)
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第8代
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孝元(こうげん)天皇
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前214
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106歳
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(剣池嶋上陵)
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第9代
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開化(かいか)天皇
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前157
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101歳
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(春日率川坂上陵)
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第10代
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崇神(すじん)天皇
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前97
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119歳
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(山邊道勾岡上陵)
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第11代
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垂仁(すいにん)天皇
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前29
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139歳
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(菅原伏見東陵)
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第12代
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景行(けいぎょう)天皇
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西暦71
|
143歳
|
(山邊道上陵)
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第13代
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成務(せいむ)天皇
|
131
|
107歳
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(狭城盾烈池後陵)
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第14代
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仲哀(ちゅうあい)天皇
|
192
|
52歳
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(恵我長野西陵)
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神功(じんぐう)皇后
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100歳
|
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第15代
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応神(おうじん)天皇
|
270
|
101歳
|
(恵我藻伏岡陵)
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第16代
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仁徳(にんとく)天皇
|
312
|
143歳
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(百舌鳥耳原中陵)
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第十六代までの天皇のうち、百歳を越えた天皇や皇后は13人(うち一人は神功皇后)もいる。これは古来より、食指導がなされ、食体系がこの時代から確立されていたと言う事になる。
今日、世界の中でも、世界の三代長寿村の一つに、南米アクアドルにあるビルカバンバ村には、人口が千人足らずなのに、この中に百歳を越える古老が九人もいると言われている。そして彼等の食事内容を調べてみると、実に少食であり、かつ粗食であると言う報告がなされた。
古老達の食事内容は、一日に1200Kcal程度の低カロリー食で、その中には肉や卵や乳製品は一切含まれていない。食事内容の大半は小麦やトウモロコシ、ジャガイモやバナナ、葡萄といった穀物菜果実食で、然も彼等は動かずに、決して家の中でじっとしている訳ではない。朝早くから激しい肉体労働をしているのである。こうした激しい肉体労働に従事しながらも、長寿を保ち、健康に働いているのである。
ところが今日、世界一の長寿国になった日本の老人達はどうだろうか。その殆どが、薬漬けの寝た切り老人であり、百歳を越えていても、植物状態で延命の薬が投与され、辛うじて薬漬けにされて、何とか延命が計られているのである。
この二つの現実の差を比べてみると、長寿の秘訣は少食でなければならず、また躰をよく動かすと言う事にある。
また動物実験においては、少食に徹したラットや二十日ネズミは、飽食群の動物達より、長寿であったと言う事が報告されている。
アメリカのスローンケッタリング研究所において、フェルナンディス博士の研究グループは、二十日ネズミを実験材料にして、低カロリー食による長寿への比較観察を行った。二十日ネズミを二つのグループに分け、一方は普通食(蛋白質22%、脂肪分5%の一日20Kcal)、他方はカロリーを半減させた食餌を与えたのである。その実験結果は、普通食のネズミのオスは平均寿命が334日で、メスは380日であった。
ところが、低カロリー食の方は、そのうちの七割以上が700日以上も生き延びたのである。この結果は人間に当て嵌まるかどうかは疑問であるとしても、フェルナンディス博士は、「老化現象には自己免疫が関与していると考えられるが、栄養やカロリーの摂り方が免疫機構に影響を与えている事は間違いない」と検(み)ているのである。
また粗食・少食の実践者の報告で、非常に興味深いのは便通と便の量である。
まず、少食を始めて暫(しばら)くすると、便通が以前に比べて非常に良くなったと言う方酷である。これは少食によって、腸の蠕動運動(ぜんどう‐うんどう)が活発になり、その他の内臓器官の疲弊が回復された結果だと考えられる。
一般の素人考えで、大食をすると、トコロテン方式で便を押し出すというふうに錯覚しがちだが、人間の消化器官は機械的な構造になっていないので、生理機能と機械機能は根本的に異なると言う事を理解しなければならない。
便通は、大飯喰らいの者より、少食実践者の方が確かに良いようである。逆に、大飯喰らいは便通が悪く、便秘の病因を作り出しているのである。この為に、宿便を大量に腸管内に溜めてしまう結果となり、これが種々の慢性病を引き起こす病因を作り出しているのである。
大飯を喰らうと、送り込まれて来る大量の食物を処理しなければならない為、胃腸は過労に陥るのである。こうした状態でありながら、過食を続けていると、次第に胃腸の力は衰えて来るのである。この為に、完全は排便が不可能になり、腸管内に大量の宿便が溜まり、あるいは一部にこうした宿便が停滞すると、その部分に炎症が起り、これがガン疾患などに変質していくのである。
このような大喰いの癖をつけた食生活をして来た者は、この食習慣が長く続けば続く程、宿便の量が次第に増えて来るのは当たり前の事であり、胃腸が過剰状態に陥るのである。したがって便の量は少なく、排便があっても、その太さは細く、少量なのである。そして非常に臭いと言う事が挙げられる。
一方、少食にすると、胃腸の負担は軽くなり、したがって生理機能は完全に発揮されるようになり、消化吸収も、また排泄機能も一段と良くなって来るのである。
しかし、少食を徹底しても、次に「質」の問題が出て来るのである。この質の問題は、白米食と玄米食を同じ量だけ少食にしても、白米に比べて玄米の方が遥かに便通はよく、また排泄する量も玄米食の方が多いのである。
少食を徹底し、同じ量だけを摂取するのであれば、玄米食の方が遥かに卓(すぐ)れているのである。
少食を根気よく実行すると、便通が良くなるだけではなく、体内に停滞している頑固な宿便も、少しずつ排泄されて来るのである。また、普段から、穀物菜食の粗食・少食を実行して居る人は、毎日便通があり、便秘などはないのである。
ところで、大食漢で、便秘の傾向を自覚するようになると、こうした人は必ず下剤を遣いはじめる。しかし、下剤によって一時的な過食や、糞詰まりの害からは逃れる事が出来るかも知れないが、こうした事ばかりに偏る傾向が大きくなると、肝心な大食癖から容易に逃れる事は出来なくなる。下剤と言う、愚かしい方便を遣いながら、こうした薬に頼っていると、食養と言う実践が出来なくなり、また下剤と言う方便の害から逃れる事が出来なくなり、遂には、胃腸の疲弊を回復できないまま、次の病因を招き寄せる事になる。
そして下剤の乱用と、栄養過剰状態や、その他の様々な食の誤りや乱れは、報いとして憑霊現象に襲われたり、憑衣の限りを受けて、尊い命を駄目にしていくのである。
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