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▲水原の汚染と、水道水の因果関係は切ても切れない関係にある。
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●水と人体は同等の大事さがある
現代は、病気が病院では治らない時代である。更に、これからの医療は、病院にいる医師から、現代人の私たちへと、バトンタッチされた時代でもあると言えよう。自分のことは、医者任せでは意味が無い現代になってしまったのである。一人ひとりがが自分のことを、自分で管理し、ケアしていかなければならないのである。
これからの時代は、毎日当たり前の生活の中で、如何に健康で賢く生きていくかが、現代人に課せられた課題であり、マイナス面は進んで消去していかなければならないのである。そうした上で、プラス面を取り入れ、それを思考するかしないかで、その人の人生も大きく変化する時代になったと言えよう。
今までは、水と空気は当たり前という時代だった。ところが、これからは特に「水」が、自分自身の生命の維持の為に、欠かすことの出来ない物質であると言う事が明確になり始めた。また、それを考えるか否かで、生活の改善も大きく変化しようし、その人の家族の人生も大きく左右する時代を迎えた。その為には、冷静に洞察する思考を高めると倶(とも)に、客観的で正しい智慧(ちえ)を持つことが必要だろう。
また、今日、水が訝(おか)しいとか、危険だとか云うけれど、どの程度、訝しく、どう危険なのか、それを知らないままでは、結局自分の生活を改善する事は出来ないのである。
つまり、今日生活用水として基本になっているのは、「水道水」である。この「水道水」が怪しいだけでなく、訝しくなって来ているのである。その上、危険な状態でもあるのである。
「水道水が危ない」というのは、一方で「水道水は絶対に安全だ」とする考え方を、100%覆すものである。覆すだけでなく、これまで安全と信じられていた「水道水の安全神話」に警鐘をならすものである。そして、水は人体の生存と無関係でない。
「水の循環」とは、人体に於ての「血液の循環」と同等のものである。血液の循環に異常が生じれば、体調は忽(たちま)ちに狂ってしまう。それは、人体の大半が水からで来ている為である。
成人男子の躰の60%は水分である。例えば、体重60キログラムの人の躰を絞り上げれば、36リットルもの水分がとれる。
また、人間は一日約2.5リットルの水分摂取量が必要である。同時に、また一日約2.5リットルの水分が失われる。したがって、この水分は一定に保たれているわけである。60%の水分のうち、2%が失われば、人間は咽喉(のど)の乾きを覚える。更に我慢すると脱水症状が顕われてくる。
脱水症状になると、高熱が出たり、下痢や嘔吐(おうと)などの症状が顕われ、やがて神経症に陥って、幻覚や幻聴などの症状が顕われる。
つまり、神代が新陳代謝を良好に保つのは、水の出入りが良好であることが健康状態を維持できるのである。
水は大気圏をも含めて、地球全体を大きく循環することにより地球環境を、一定状態に保っている。躰を、地球と同じような一つの世界と考えて、躰に出入りする水の量は、一定であって、はじめて正常な新陳代謝をすることが分かる。水の出入りこそ、新陳代謝を良好にする基本なのである。これが一定に保たれなくなると、人間は病気になるのである。
日本人の思考は今なお、医者任せ、病院任せ、薬任せの医療思考が主体であり、これに偏った考え方で、自分の健康を他人任せにしている。
さて、現代医療の実態をみてみると、まず、この医療の基礎になっている現代医学は、三次元医学の肉の眼に見えるものだけを問題にする医学である。
例えば、病院では薬剤で病気を叩く、不良化した細胞や患部は外科手術により取り切り取ってしまう。あるいはコバルトなどを照射してこれを焼き殺してしまうという手段が遣われているが、こうした西洋医学をベースにおいた医療は、実際のところ、成人病や現代病と言われる、慢性化した病気には殆ど効果を上げていないようである。
現代の、一見最新鋭で、便利で快適に見える現代人の生活法は、これまでの人類の生きて来た遺伝情報に書き込まれた免疫力を破壊し、先祖から受け継いだ自然の厳しさを克服し、それに順応しする生活環境を奪い取っているのである。益々、現代人を軟弱化の方向に導き、順応力を蝕んでいるのである。
現代病の多くの病因は、叩いたり、切り取ったり、焼き殺したりする、こうした外敵に対処するのではなく、そもそもの誤りは、現代人が好き好んで行っている「不摂生な生活環境」そのものに潜んでいるのである。これを改めずに、「ガン撲滅」などと標榜しても、全くのナンセンスであろう。
これからの近未来において、現代人が健康を考えるならば、まず生活習慣から来る「食」と「水」の問題を考えるべきであろう。
病院に行く前に、自分の健康を約束してくれるのは医者ではなく、自分自身であると言うことに気付かねばならない。自分自身が毎日の健康と食生活と、食生活に、深い関わり合いを持つ「水」を考えなければならないのである。
現代病と言う慢性化するこの病気は、病気になった事を気付いた時には、既に手後れになってしまう時代なのである。
当たり前の事を、当たり前だと思わなくなった時、そこには病気が忍び寄って来る要因を作っていることになる。
例えば、「水」や「空気」は、在(あ)って当たり前であるということを深く考えなかった日本人は、実は「水の良し悪しが、慢性病の元凶であったと気付き始めたようだ。今までは、余り感じなかった、この「当たり前」が、実は私達の健康を支えてくれて、生命活動を約束してくれていたのである。
更には、「栄養補給」「適度な運動」「定期的な休息」などは、実は「規則正しい生活」の中から生まれて来るものである。これらのことは、古くから「養生訓」や「食養法」として尊ばれてきた事柄であったが、現代人は余りにも物質的な欲に疾(はし)り過ぎた為、多忙にかまけて、これらの基本的なことを忘れてしまったのである。その酬(むく)いが、いま「生活習慣病」となって、人間に逆襲を始めたのである。
自然界に対する「水」の考え方や、「食」に対する考え方を、現代人は改めて再認識する必要があろう。つまり、自然に即した生活環境を取り戻すことである。
その為には「水」を考え、化学物質を含んだ水を体内に取り込まないように注意を払うべきで、また不自然な水の組成からなる食品も、体内には取り込むべきでないだろう。
人間には、「肝臓」と言う濾過機能を持った卓(すぐ)れた器官があると言う医学者がいるが、肝臓のグリコーゲンの合成や貯蔵や分解、血糖分泌、血漿蛋白などの合成、解毒作用、また胆汁の生成と分泌など中間代謝の中枢的役割を果すこの臟噐は、肝臓が正常である状態にあってこそ、こうした働きをするのであって、肝臓の炎症性疾患やガン状態にあっては、全く解毒作用などが行わず、一切の濾過機能は無効なのである。
したがって、「毒」は人体に取り込むべきものではない。
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| ▲水の持つ意味とななにか。酸素と水素との化合物であり、一般に分子式 H2Oで顯す。 純粋のものは無色で、無味で、無臭で、常温では液状をなす。1気圧では、セ氏99.974度で沸騰、セ氏4度で最大の密度となり、セ氏零度で氷結する物質である。 |
さて、「水」を考えてみて、今までの悪いと思われる水を、良い水に代え、それを飲用したとしても、それだけで翌日から体調がガラッと変ってしまうようなことはない。体調が変る良い結果が出るには、長時間を要するからである。したがって、良い水に代えたところで、急に良くならないのが自然である。
これと同じことは、薬剤等にも言えることである。もし、ある薬剤を飲用したり、注射などで体内に取り込んだ場合、これにより急にガラッと変ってしまうようなことが起これば、むしろ副作用の方を心配しなければならない。これは非常に恐ろしいことなのである。急激に変化を齎す薬剤は、副作用の恐ろしさを懸念しなければならない。
現代人はこうした自然の摂理を一切無視して、速効性がある薬を、薬と思い込み、これに頼る傾向が大きいが、実はこれは非常の恐ろしい考え方なのである。
子供の成長にしても、子供が一日で大人になるようなことはあり得ない。しかし、「薬の速効性」を求める現代医学の考え方は、子供を一日にして、大人にしてしまうような思考で構築されている。
また、植物を育てる場合も、近代農業には速効性肥料を用いての促成栽培法があるが、これは硫安や硫酸カリなどのように、効果の現れるのが早い肥料を大量に遣って、植物を育てるのである。しかし、この肥料で育った植物は、どこか不自然さがあるのは当たり前である。
人間の躰(からだ)も、まさにこれと同じで、体躯(たいく)が急激に成長して大きくなり、早熟である子供の心身は、どこか不完全で、不自然であると言えよう。
日本人は終戦直後の混乱の中で、発展途上国の国民として、欧米人の思考を真似し、欧米の文化が日本文化より一等も二等も高いものだと思い続けて来た経緯を持つ。それは西洋医学や、今日の科学一辺倒主義に回帰されるだろう。
食文化にしても、終戦後の混乱の中から、日本人は体躯の小さな国民として馬鹿にされ、欧米人の彼等から鸚鵡(おおむ)返しのように「タンパク質が足りないよ」と言われ続けて来た。
その結果、日本人は欧米人の真似をして、大量に肉を食べるようになった。また、この頃にアメリカから伝わって、日本で独自にアレンジされた現代栄養学が生まれ、この栄養学の食指針に遵(したが)い、「肉には良質のアミノ酸が豊富である」と嘯(うそぶ)かれ、「肉はスタミナの元」などの妄信的な俚諺(りげん)までが生まれた。そして動蛋白を信仰する食文化が、日本人に信仰されるようになった。
ところがこの信仰は、まさに速効性肥料のようなものを遣った、子供の促成栽培でしかなかった。この為に、子供は促成栽培の野菜のように短期間で大人並みに大きくなり、早熟になって、早くから性情報に敏感になって色事に耽り出し、子供の成人病までが出現するようになった。
総て肉類や卵類を含む、速効性の動蛋白の仕業(しわざ)だった。こうした「速効性反応」に加担して、そんな風潮を作り出したマスコミの責任も、決して少ないものではないだろう。
人間の躰と言うのは、太古の海水の成分比を備えた自然界の一部なのである。したがって、速効性を求めるような「造り変え」をしてはならないのである。自然の営みは、常に一定量の時間が必要であり、これを無視したり、無理を通しては行ってはいけないのである。これを無視したり、無理をした時に、体内のミネラルバランスは崩壊するのである。
●原水汚染
現代は、洗剤や農薬などの化学物質が氾濫した時代である。その上に、大量の家庭内からでる家庭排水や屎尿排水も、水源に混入される現代、安全な水を求めることは不可能になりつつある。そして、大量の水消費に耐えられる、水道水を供給する為には、塩素の力を頼り以外に現在のところ、他に方法はなさそうである。
水道水は安全でなくなり、安全を確保する為に、「水道水に塩素を入れるな」という主張は出来なくなって来ている。
むしろ、「水道水には殺菌の為に塩素が入っているから殺菌消毒は、ほぼ完璧である」と考えて、現代人は塩素入りの水道水を受け取る以外なさそうである。そして、蛇口までは塩素でしっかりと消毒されているという前提に立ち、蛇口から先は個々人で自己責任を持つという考えに立つ以外なさそうである。
物質文明の進歩に伴い、水道水の塩素量は増加の一途にあると検(み)なければならない。そうなると、益々水道水に含まれる毒素は体内に取り込まれ、それが蓄積される心配は大きくなっていく。その上で、蛇口から出た水を、どう飲むかは個々人に委(ゆだ)ねられるわけである。
蛇口から出た水を、どう飲むかは個々人の健康観に委ねられる。その健康観に沿って、独自に考え、どう動くかが健康で幸せな長寿に繋(つな)がるのである。体力や健康に自信のある人は、「水は飲めればいいのだ」とか「あまり気にしない」という人がいるであろうが、もう、そういう思考を抱いただけで、半病人の仲間入りをしてしまうのである。
事実、こうした半病人は“ごまん”と居(お)り、若年層だから体力と健康には自信があると言う考え方は通用しなくなって来ている。十代前後の子供にも糖尿病や高血圧症の半病人は居るし、そもそもこうしたことが健康問題に関して意識を異にしているのである。
また、水の意識にしても、水が生命の基本であると言う原則があるにも関わらず、「飲めればいい」という人も少なくない。その一方で、安全で然(しか)も機能の高い水を求める人も増えている。
家庭用の浄水器の普及率は、今では全体の約半数の世帯に導入され、水に対する健康観意識が高まっている。
水の悪い地域は、何も東京だけではない。関西地域の殆どを賄う琵琶湖(びわこ)を原水とする大阪などでも、昔から水の不味のは有名であり、これは琵琶湖に生活排水が流れ込んでいる為である。こうした不味い水を水道局の急速処理によって、美味しい水に変えることはできるであろうが、しかし、その分だけ大きなコストが懸かり、その分だけ水道料金に跳ね返って来る。
しかし、「不味い水」というのは、水成分に有害物質が混じっていると言うことであり、この有害物質が現代病のうちで最も致死率の高いガンを発症させるのである。生命の基本である水の存在は生物が生きていき為に、必要不可欠な当たり前の存在であるが、この当たり前の存在に関心を持つことが、21世紀を生きる重要な条件になって来るのである。
更に、殺菌効果をあげる為に、水道水には大量の塩素が混入されていて、これが発ガン性物質として、恐怖を煽っているのである。水道水にはトリハロメタンという発ガン性物質が含まれているということが近年話題になり、衝撃的な情報として伝搬されている。また、トリハロメタンは大量に摂取すると、正常細胞をガン細胞に変質させるだけでなく、中枢機能の低下や、肝臓や腎臓に傷害を与え、畸形性を引き起こす恐ろしい化学物質であるとされている。
こうした情報が既に流されていながら、多くの日本人は、「自分の棲む地域の水道は大丈夫だろう」とか、「例え入っていても、ごく微量で健康には問題がないだろう」と考えてしまいがちである。しかし、これが大きな間違いの元凶である。
「水道水には塩素が入っている」ことは多くの人が知るところである。塩素の齎す害のうちで最も厄介なのは、「発ガン物質のトリハロメタン」であり、塩素はこうした化学物質を作り出してしまうのである。現在の水道水が安全と言い切れないわけは、多かれ少なかれ、トリハロメタンが入っていることであり、この有機物が塩素と出合うことにより反応を起こすのである。
日本の水道水は、殆どに二度に渡って塩素を投入する急速濾過方式によって浄水された水である。これは水道法により蛇口から出る水には塩素が含まれていなければならず、塩素が水の消毒には欠かせないということになっているからだ。
●トリハロメタンの発ガン性
水源の有機物を少なくすることは、いまや不可能になって来た。その大きな元凶は、家庭排水や屎尿が原水となる湖や河川に混入されているからである。
人間の関与しない自然の水系の中にも有機物は存在するが、こうしたものは様々な微生物により分解されていくものである。
ところが昨今は自然環境の不安定な状態にあり、こうした環境の悪化によって、特に都心部での水環境が悪化の状態にある。
かつて緩急濾過方式では、微生物の力を借り、じっくりと有機物が分解されていたが、大量の水道水を必要とする現代では、毎日の水の需要を満たせない為に、急速濾過方式を採用する以外、手はなくなっている。急速濾過方式では、浄水は急速に処理することが急務となった為、有機物の分解が完全に出来なくなってしまった。その上、急速濾過方式では、塩素と反応して、トリハロメタンを発生させるアンモニアなどの有機物質を除去することは不可能になっている。
水道水に含まれるトリハロメタンの恐ろしさが指摘されたのは、1974年の事であった。この警鐘を鳴らしたのは、アメリカの反公害市民団体である米国環境防衛基金の水質部長のロバート・ハリス博士で、「塩素と有機化合物であるクロロホルム(chloroform/分子式 CHCl3。チル・アルコールに水とさらし粉とをまぜ蒸留して得られる無色揮発性の液体で、窒息性の臭気をもち、麻酔作用がある。発癌性が指摘されている危険な物質。トリクロロ・メタンとも)を含む水道水を飲んでいる人は、地下水を飲んでいる人に比べて、ガンで死亡する確率は10万人につき、33人も多い」と発表した。この発表は後に、『ハリスリポート』と称され、全世界に発信された。
この『ハリスリポート』に敏感に反応したアメリカ環境保護庁(EPA)は、直ちに市の浄水場で原因究明に入った。そして原因はまもなく解明された。
浄水場では、取水した水を最初に塩素で消毒します。このときに生成していたもので、ことに濃度が高かったのがトリハロメタンと総称される有機塩素化合物で、4種類が検出され、そのうち群を抜いて高濃度であったものがクロロホルムであった。
クロロホルムとは、麻酔剤として全世界で使われている医薬品で、発ガン性が非常に強いことがわかり、当時も今も、麻酔には一切使われていない。その毒物が浄水過程で生成し、水道水に混入していたのである。
この恐ろしい事実が判明したことで、アメリカでは飲み水の安全性論争が繰り広げられ、1979年に、「0.1ppm以下(1リットル中に0.1g。100ppb)とする許容基準」が暫定的に定められた。そしてヨーロッパ各国もこの措置に習って次々に規制が行われたのである。
ところが、日本はこの規制が迅速に行われなかった。また、生活環境の中で簡単に発生する猛毒のダイオキシンについても、直ちに規制は行われず、しばらくは野放しだった。
日本でトリハロメタンがアメリカ同様に規制されたのは1981年(昭和56年)のことだった。しかし、この規制で水道水は安全になったわけではない。ロバート・ハリス博士はトリハロメタンが40ppbで10万人に1人がガンになると発表した。
規制値が100ppbなので、公的水道水が40ppbぐらになら安全と云う考えで飲むと、「10万人に1人」という数は、数字上は大した数字でないように思うが、これは、これで日本国民の中からの発症率で考えると、そのつど1200人以上もの新たなガン患者が出ると云うことになる。
歐米ではガン発症率を考えて、将来は10〜25ppbに下げて目標を立て、最終的には塩素消毒を止める方向に動いているが、日本ではこうした将来目標もなく、密集する都心部への人口の増加に水質汚染がエスカレートする中、何の対策も立ててないと言うのが実情である。
トリハロメタンには発ガン性があり、更に、中枢神経や心臓や腎臓と云った、生命の活動を支える重要な器官にも深刻的なダメージを与えるのである。
つづく…
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