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生死の循環・中有思想 1


生死の循環・中有の思想




●満つれば欠く……おごれる人も久しからず

 栄枯盛衰(えいこせいすい)は人の世の習わしである。
 『平家物語』の冒頭には、「祇園精舎
(ぎおん‐しょうじゃ)の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹(さら‐そうじゅ)の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらはす。おごれる人も久しからず、只(ただ)春の夜の夢の如し。たけき者も遂にはほろびぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)に同じ」とある。

 祇園精舎
(Jetavanavihara)とは、須達(しゆだつ)長者が、中インドのコーサラ国舎衛城しゃえ‐じょう【註】中インド、迦毘羅衛(かびらえ)国の北西にあった都市。コーサラ国の首都。釈尊がしばしば説法教化した地で、当時、波斯匿(はしのく)王および瑠璃(るり)王の居城)の南、祇樹給孤独園(ぎじゆぎつこどくおん)に釈尊および、その弟子の為に建てた僧坊のことである。釈尊の説法の多くが此処(ここ)でなされ、「竹林精舎(ちくりん‐しょうじゃ)」と共に、二大精舎というのである。
 また、竹林精舎は、中インドのマガダ国の王舎城の北方にあった僧院ことである。迦蘭陀
(からんだ)長者が土地を、頻婆娑羅(びんばしやら)王が建物を、釈尊に献じたもので、仏教初期の僧院のことである。

 時は刻々と変化し、止まる事がない例えを『平家物語』は顕
(あら)わしているのである。その意味で、過去の英雄の、ありし日の姿も、栄華も、「只(ただ)春の夜の夢の如し」となるのである。
 この物語は、平家一門の栄華とその没落や滅亡を描き、仏教の因果観や無常観を基調とし、調子のよい和漢混淆文
(わかん‐こんこうぶん)に対話を交えた散文体の一種の叙事詩である。

 特に、因果観や無常観の叙事詩は、平曲として琵琶法師によって語られた。
 そして、『平家物語』を包含しているものは、万物は流転する無常観である。万物流転の理
(ことわり)こそ、権力者が知らなければならない宇宙の真理だろう。権力に驕(おご)る者の栄華も、まさに“春の世の夢”なのだ。

 それは武勇で名を轟
(とどろ)かせた勇猛な武将であっても、最後には滅び行くのである。これは宛(さなが)ら「風の前の塵(ちり)」に酷似するではないか。こうした状況は、この国だけではなく、異国にも存在した。栄枯盛衰(えいこ‐せいすい)の例を挙げれば、ざっとユーラシア大陸を検(み)ただけでも、多くの栄枯盛衰があった。

 古代から現代に至るまでの人類の数々の歴史を振り返れば、その大半は「戦争の歴史」である。戦争こそ、人類の築き上げた歴史であることが、雄弁に物語っている。一つの民族や国家が、敵対する他のどの勢力よりも、圧倒的な軍事力を持つ場合、そこにが壮大な支配体制が確立されることになる。

 特にユーラシア大陸に於ては、これが顕著だった。マケドニア、ペルシャ帝国、サラセン帝国、蒙古などがそれである。しかし、どの民族、どの国家も、それが自然体である場合、栄枯盛衰はまさに大自然の摂理と言えよう。

平清盛像

 平家の栄耀栄華も、こうした大自然の摂理の中にあったといえよう。とりわけ、六波羅(ろくはら)の入道、前(さき)の太政大臣(だじょう‐だいじん)、平朝臣清盛(たいら‐の‐あそん‐きよもり)は保元・平治の乱後、源氏に代って勢力を得、累進して従一位太政大臣になった人物である。そして、伝え聞けば、人間の想像を絶する筆舌に尽くし難い人物であったと云う。

桓武天皇
逃げる平家

 清盛の祖の先祖は、桓武天皇の第五皇子と発し、それから三代を経て「平」の姓を賜(たまわ)ったと云う。その九代目が平正盛(たいら‐の‐まさもり)であり、白河法皇に信頼され、検非違使(けびい‐し)・追捕使(ついぶ‐し)として諸国に賊を討ち、伊勢平氏興隆の道を開いたとされる。その正盛の孫が清盛だった。また、清盛は忠盛(ただもり)の嫡男(ちゃくなん)であった。

 平忠盛なる人物は、白河・鳥羽両上皇に信頼され、1129年
(大治4)に山陽・南海二道の海賊を追捕し、1135年(保延1)再度西海の海賊を平らげ、累進して、刑部卿ぎょうぶ‐きょう/刑部省の長官)に進み内昇殿うち‐の‐しょうでん/清涼殿の殿上(てんじょう)の間に出仕すること)を許された。更に日宋貿易【註】平安中期から鎌倉中期にかけて行われた日本と宋との間の貿易。平清盛は大輪田の泊を開いて瀬戸内海航路を整備し、貿易の振興に尽力)に尽力したのである。
 こうして平家一門の経済的基礎を作った人物であった。清盛の平家の栄耀栄華は、忠盛の経済基盤によるところが多い。

 しかし平家の栄耀栄華も、翳
(かげ)りが見え始め、暗雲が垂れはじめるのである。
 それは「都移り」に始まったのである。清盛の娘徳子が高倉天皇の皇后となった。そして、その子安徳天皇を位につけ、皇室の外戚として勢力を誇ったのである。平家の子弟はみな顕官となり、専横な振舞が多く、その勢力を除こうとする企ても、しばしば行われ、清盛の没後数年にして、平氏の嫡流は滅亡をみるのである。

 栄枯盛衰は、「満つれば欠ぐ」という大自然の現象の支配下にある。
 これは潮の流れに酷似するものである。潮の流れは複雑に渦を巻きながら海流するものだが、喩えば対馬海流から入った黒潮は、北上しながら、その間、あちらこちらで反流を描き出す。
 それは「月の影響」で起り、この満ち干きが“潮流”というものを作り出す。この潮流が反転し、あるいは複雑に渦巻くのである。そして潮流同士が再びぶつかり合うのである。

 黒潮は海流である。それはぶつかり合う自然現象の支配下にある。ぶつかれば複雑に絡み合い、これに風が加われば、破天荒の時には、重い咆哮
(ほうこう)を放つのである。そしてそうした咆哮を放つ箇所は、沖行く船の難所として知られ、また船の墓場などとも謂(い)われている。

 奢
(おご)り高ぶった人間も、やがては潮流の支配下に巻き込まれるように、やがては破天荒(は‐てんこう)に遭遇し、反流に揉まれ、渦巻く潮(うしお)の中に巻き込まれて没するのである。
 「天荒」は天地未開の時の混沌たるさまであるから、これを破り、更に拓
(ひら)く意味が有り、今まで誰もしなかった事をすることなのだが、転じて「未曾有(みぞう)」の危機に遭遇するのである。破天荒こそ、この意味をよく言い当てている。

 人間の運命には、中有
(ちゅうう)が物語る通り、善きも悪きもないのだ。
 この世はどう考えても、「ろくでもない世の中」である。“ろく”なところでない。
 “ろく”とは、「碌
(ろく)」の漢字が宛てられる。つまり「まっとうでない」ということだ。誰もがこうした世の中に「苦」を背負って生きている。ろくでもない世の中では、愉しいことなど、殆ど無い。この世は愉しいところではないのだ。

 したがって、人間がこの世で与えられている“幸福”と“不幸”の量は、殆ど誰も同じであり、此処にこそ「人間の平等」の理屈がある。この意味で、「人はみな平等」なのである。

 人間は、幸不幸の量は人ぞれぞれに異なり、あの人は運が良いとか、この人は不運だと云うが、それは傍目
(はため)から検(み)た感想であり、「人はみな平等」の関係から、そんなに違うわけはない。傍目で見る外側からの観想は、幸運だとしてもそんなに飛び抜けて幸を享受しているわけでなく、逆に、不幸そうに見えても、その人が不幸の真っ只中で喘(あえ)いでいるのではない。単に外側から、そう見えるだけである。これに他人の註釈をつけるのは無用である。

 更に不幸の真っ只中に居ても、その人の感覚に鈍麻なところがあれば、不幸だって満足出来るし、逆に幸運の真っ只中に居ても、その人が欲深ければ、奥の単位で金を稼いだとしても、もっともっとと、麻薬患者のようにまるで麻薬を欲しがるように金を欲しがるだろう。欲しがる範疇
(はんちゅう)において、その人は、傍(はた)から見れば幸運の真っ只中にいるのだが、それに気付く感覚が鈍ければ、幸運にあるのにも関わらず、まだ得たりないのである。これでは、どちらが不幸か判別しないではないか。

 したがって「苦海」とされる、この世は実に碌
(ろく)でもない処で、この世が碌でもない処と分かれば、そんなに幸不幸に目くじらを立てて、歎(なげ)くことはあるまい。所詮(しょせん)人間はこの世では、「楽」は得られない生き物であるからだ。仮に楽を得たとしても、それは一時の事であり、結局栄枯盛衰の法則に振り回され、最後は消滅するようになっているのである。



●駱駝が針の穴を通るより難しい

 滅亡は、何も人の頭上ばかりに顕われるのではない。国家にも、民族にも、また組織にも滅亡というものはある。それは、まるで肉体が崩れるように襲って来る。
 時の流れは、決して人の都合を待ってくれない。歳月は人を待つ事はないのだ。
 こうした変化の兆候は、人間に絶えず忍び寄っている。それを本人は知らないだけである。若い肉体は、やがて老化しはじめる。若かった事の強健な肉体も、歳月と共に老醜を帯びてくる。それが老醜というものである。老醜は、また一種の匂いを生じ、それが「老臭」となる。

 人の「死」の予兆としては、「老臭」の汚臭とともに、失明、発汗、落花、更には絶望と言うものが顕われる。輪廻転生
(りんねてんしょう)の法則により、人は寿命が尽きれば、その身に「五つの衰え」が顕われるのである。命あるものは、「死の法則」から逃れる事は出来ない。それは神においても同じである。神すらも、寿命が尽きれば、死ぬのである。

満つれば欠く。月には様々な表情があり、意識がある。そして月の意識とその影響を拒否すれば、人間の生活は実に貧弱なものになる。
 また一方で、太陽の意識と、その方向性を示す働きがなければ、月の意識は無秩序になり、暴力や狂気で覆われてしまうもとになる。したがって、古人は月を祀り、月の示唆に基づいて、日常生活を営んでいたのである。

 「満つれば欠く」という言葉がある。
 『史記蔡沢伝
(しきさいたくでん)』には「月満つれば則(すなわち)(かく)」とある。何事も盛りに達すれば、やがては衰え始めるものだ。此処にこそ、栄枯盛衰の原則がある。栄えることと、衰えることは同じ数直線上にあるのだ。隆替は同義である。この言葉は、物事には必ず盛衰があるという意味で、「月盈(み)つれば則(すな)ち食す」とも言う。
 月は満月まで満ちて膨らむが、十六夜
(いざよい)ともなれば、欠け始めるのである。陰暦十六日の夜は「欠け」の始めである。美しい十五夜が見られるのは、三五(さんご)の夕であり、僅かに一日である。

 こうした月の満ち欠けは、人間の「魂」の循環にも置き換える事が出来る。
 大自然は循環するように出来ている。季節は移り変わるのである。人間も、これと同じである。人間は大自然の中にあって、そこで新しき肉体を受け取りつつ、四期
(四季に準えて四期の生・老・病・死を指す)を経験して、再び繰り替えし、魂は循環し続ける。魂の向上と昇華を目指し、人間は人生を経験する事で、魂は長い時間をかけ高次元へと進化して行く。何代も受け継がれて……。

月光菩薩像。薬師如来の右脇に侍する菩薩で、日光菩薩と共に薬師三尊をなす。

 この場合、厳密に云うなら、人間の人生は一種の魂を向上させて行く為の手段であり、魂が進化向上するというのが、本来の魂の目的なのである。
 栄枯盛衰
(えいこ‐せいすい、満つれば欠くという循環を繰り返しながら、魂は進化向上の方向に向かって行くのである。したがって人間の死は、生の終着点ではなく、新たな旅立ちの出発点であると言えよう。死を以て、新たな旅の門出(かどで)と言えよう。

 ところが、新たな門出に、拍車を掛けるものがある。それは「老醜」であろう。老醜は歳と共に醜くなる。この「醜さ」に気付く晩年層は以外と少ない。歳を取って益々盛んになる、煩悩の火を抑えられない者がいる。これが「老醜」である。

 「満つれば欠く」の理
(ことわり)を知らない者は、人生の後半の、殊(こと)に物質に関する「見直し」が出来ないのである。
 これは「駱駝
(らくだ)が針の穴を通るより難しい」に俚諺(りげん)でお馴染みである。物質界の欲に追われる者への勧告である。歳を取っても、なお、あれも欲しい、これも欲しいでは、死際に平穏は訪れない。歳を取ると、「死に欲が出る」とういう。死に欲が出ると、却(かえ)って人間が物質に固執するようだ。だから、「駱駝(らくだ)が針の穴を通るより難しい」のである。これこそ、臨終を悪くする元凶となる。こうしたことは、世間一般ではよく見る事である。

 人間の老年期というのは、明らかに青年期や壮年期の行動あるバイタリティーとは異なる。活力や生気は失われる。そのくせ、物にこだわる老人がいる。本当は、物に頼る時期ではないのだが、「死に欲」が出て、これに振り回される人がいる。

 若い時分ならば、物質に左右され、金銭や色に振り回され、魅せられもしよう。しかし、老人はどう転んでも、これからは卒業していなければならない。また、老人のそれから先の人生は、右に転んでも、左に転んでも、大して大差はない。過ぎた年齢であるからだ。何しろ、時間がそんなに長くない。仕事もそんなにないし、年金生活者がやれることは高が知れている。

 しかし、本当に遣り残している仕事は、老人にはまだある。それは欲から離れるということである。特に物質欲から離れなければならない。老後の人生で大事なことは、欲から離れることなのである。老人に残された仕事は、自己の内面的な最終仕上げだけである。自己の完成に向かって、心置きなく死んで行く準備だけである。これこそ、晩年の最大の仕事であり、重要な任務なのである。

 「満つれば欠く」の理だけは、何とか修得したいものである。青年期を過ぎ、壮年期にバリバリ働いて、老齢に達し、晩年期に入ったということは、「そろそろ死ぬ準備」を始めなければならない。「そろそろ死のうか」という心構えに目覚めなければならない。
 人生は、「目覚める」ことの連続である。しかし、これを全く自覚していない老人が多過ぎる。自分だけは無関係だと思っている安穏とした老人が多い、だから、惚
(ぼ)けるのである。惚ければ、過去の如何なる栄誉も、功績も総て御破算(ごはさん)になる。

 人間が死ぬ時に臨終は、前もってリハーサルは出来ないが、その心構えは前もって作れよう。死は、多い先の出来事だと思わないことだ。死について、若い時はから考えておく必要がある。人間は、みんながみんな老衰で死ぬわけではないからだ。
 若くして、自己や事件に巻き込まれて不慮の死を迎えることもある。死の準備は、若いから無関係だとは思わず、非存在であるはずの人間は、この心構えだけは、しておくべきである。

 人間は若い時から某
(なにがし)かの夢を抱き、それに向かって努力して来たわけであるが、これを必ずしも自分の手にした人は少なかろう。誰もが、棒ほど願って、針ほども適(かな)わなかったはずである。奔走したが、「一敗地に塗まみれた」というのが多くの人の感想ではあるまいか。再び起つことが出来ないほど大敗したというのが、実情ではあるまいか。諦めとなって、誰もが老後に辿り着く。しかし、こうした老後でも、まだ戦いは終ったわけではなく、仕事は決して終っていない。まだ残された仕事がある。それは自己を完成させると言う仕事である。臨終に向かって、自己を完成させなければならない。

 金の為に働き、金持になる為に働いたのかも知れないが、金持にはなれなかったというのが、大半の日本人の抱く感想ではあるまいか。しかし、「まあ、中流にはなれたのだから」ということが、大半の日本人の慰めではないだろうか。自分よりも下の人間がいることに、何となく安堵
(あんど)を感じ、そのことで諦めを付けようとする。慰めに充(あ)てようとする。

 日本人の抱く「中流の意識」は、あくまでも物質に関しての中流意識であろう。「まあまあの中流」であろう。しかし、人間は物質のみで生きているのではない。これこそが、歳を取り、死ぬまでの時間が短くなった老年期の人々にとっては、まさしく有益な生涯の総決算となる。この総決算時期に、人間が何をするかでその人の価値が決まるようになっている。だから「総決算」なのだ。

 人生の教えるところは、この時期を「有益に過ごせ」と教えている。それは、まず、自分が此処まで易化されて来たことの「感謝」であり、その感謝をもって、今度は人々に還元して「与える」ことなのである。感謝し、与えることが出来てこそ、人間は死に際して「最高の有終の美」を迎えることが出来る。
 人間のおける老後の余生とは、「有終の美」に向かって自己を完成させることである。ここで「息切れを起こす時期」ではないのである。今、一層に奮闘しなければならないのである。

 しかし、多くの老人は此処で萎
(な)える。気力も衰え、「惚けの世界」に半分片脚を突っ込んでいる人が少なくない。「まあまあの中流」で安堵したからだ。

 駱駝が針の穴を通る以上に難しい難問が、老後に控えているのである。この時期に安堵など以ての外だ。人間が、それぞれ一人ひとりがに与えられた課題と使命を背負わされて、生まれて来たのであるが、今度はその点検が、臨終を控えて待っているのである。使命は成就しただろうか。しかし、そう容易
(たやす)く成就したとは言い切れまい。そこに現代人の臨終間際の失敗がある。



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