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礼儀と武士道論 1


礼儀と武士道論

深閑とした「杜」の中に、心に安定と「道」を全うしていく毅然(きぜん)とした自己を見い出すことが出来る。そこには、静寂(せいじゃく)なる自己と、求道者としての自己が同居している。そしてその静寂な杜の中からは、真実と奮闘する、己(おの)が姿と生き態(ざま)がある。「道と一緒に生きるのだ」あるいは「道と倶(とも)に滅びよう」と決意する時、「道」は初めて人間を、生き生きとしたものに生き返らせる。


●不確実性からの解放

 人生を、生きる上において、動揺が起きるのは、打算的な生き方を繰り返すからである。常に損得勘定を考え、これに振り回されるからである。そして長らく、こうした考えに染まると、心に動揺が起り、やがて不安が付き纏(まと)うようになる。

 それにより、不安と絶望の底に沈み、しだいに心の安住を失っていく。利害や打算によって、感情的になり、自制が効かない状態になる。心は荒々しく、嶮
(けわ)しくなる。腹立たしく生きていく事ばかりに振り廻され、やがてに不安と絶望が襲って来る。また同時に、概念的な思考能力が失われてくる。
 感情を荒立てていてばかりでは、真・偽や善・悪を識別する能力も失われる。これにより、更に不安や絶望の輪が拡
(ひろ)がる。

 こうした不安と絶望の淵
(ふち)で苦悩する「生」に対し、武士道は「何に頼って生きていくか」ということを否定し、「何によって死ぬか」と言う命題に迫る。
 「本当に生きる道」とは、あるいは「本当に生かされる道」とは、実は「何によって死のうか」という、「死ぬべきもの」を掴
(つか)んだ時、それが不安や絶望を排除して、鮮やかに浮上して来るのである。
 則
(すなわ)ち、「死して出発する捨てる生き方」である。

 普段、人は「何によって生きていこうか」と模索し続ける。生きる事ばかりを考える。生に執着する。それも、利害が絡み、打算が絡む生き方である。しかし、この生き方では、やがて行き詰まるのは必定である。
 そこで、「何によって生きようか」と考えるのではなく、「何によって死のうか」という次元まで、自己を掘り下げるのである。常に、心に死を充
(あ)て、「死ぬべきもの」を見付けた時、人は初めて長い間、苦しめられて来た動揺や不安から抜けだせるのである。

 「生きていくには、どういうふうにすればよいか」から、「何によって死のうか」と、一歩進化した生き方になり、つまり、心に死を以
(もっ)て生きる生き方は、「本当に生きる道であった」と気付かされるのである。

 「何によって生きるか」という建前的な考え方は、いつもぐらついているのである。損得勘定に振り回されたり、打算の絡んだ明日を見つめると、当然、そこから見た明日は、絶望的な明日であり、不安が付き纏
(まと)う明日なのである。心の中には、「明日はどうなるのだろうか」という、将来の心配が浮上して来る。明日の事を思い悩む。
 こうした心配に絡み捕られれば、そこから見える明日は、希望のない明日である。絶望の底に沈んだ明日でしかない。



●死んで生き返る発想の転換

 人は、「生きる事」と「死ぬ事」の本当の意味を取り違えた時、そこに見えて来るものは、不安であり、絶望である。そして見えて来るものの、悉々(ことごと)くが、心に安住を齎(もたら)さない、力の無いものになってしまう。

 しかし、「何によって死のうか」という、「生に執着」するこだわりを捨てた時、心は本当の安住を得る。「何によって生きていこうか」というふうに考えずに、「何によって死のうか」ということを知る時、人は、長らく自分に付き纏ってきた、動揺や不安から抜けだせるのである。

 「何によって生きていこうか」と考えた場合、それは実に頼り無いものである。何によって生きるかという事を命題にした場合、それに伴う思考には合理的かつ適策ということを考え、その結果、生まれて来るものは「発展」というものであると現代人は錯覚し易いが、これは実は発展などと言うものではない。一見、進歩を標榜
(ひょうぼう)する適策が生まれたと考えがちだが、実は「進歩」というものには副作用が付き纏(まと)うものである。

 科学技術による進歩を標榜した場合は、同時に側面に副作用を伴い、これが「公害」として姿を顕わすのである。これらは進歩の土台であると考えられた、資源から来る圧迫である事は言うまでもない。例えば、石油等である。石油は無限に採掘できるものでもないし、永遠に安く供給されるものでもない。使えば使っただけ、二酸化炭素と言うゴミを出す代物である。

 人間の「生」を基準においた文明度合いを観てくると、人間はこれまで「不可知の知、あるいは「錯誤の集積」をやって物質文明を発達させたと言える。しかし、物質文明の発達は、混迷を深め、精神分裂的な副作用を伴って、この部分には眼をつぶり、表皮的な面ばかりを見て来た。その結果、人類の齎した科学的発展は、発展そのものに混迷を深めると倶
(とも)に、分裂的発展から脱出できずに、究極的には、精神的な分裂と崩壊を招かざるを得なかった。

 その精神的な分裂と崩壊は、自己矛盾に回帰されるであろう。この自己矛盾から起こった、エネルギー省費を繰り返す度に、産業活動は膨張を来すと言うことであり、これは特にエネルギー効率の面に端的に顕われた。
 例えば、囲炉裏の火よりも、水車による発電の方が、水力利用の発電よりも、火力発電の方が、更には原子力発電が巨大なエネルギーになると、夢中になり、この中に突入して行った。

 しかし、これは表皮だけを観た現象を捉えていったことであり、その側面にあった副作用を考えると、それに要するエネルギー総量と、生み出されるエネルギー総量の比は、実質上、加速度的に悪くなるのである。これに多くの科学者は眼をつぶり、この副作用の側面を見て見ぬ振りをしながら、内部矛盾を蓄積していったのである。これにより、やがて爆発の危機に曝
(さら)されるわけである。臨界点のメルトダウンmelt down/炉心熔融)までの時間を数えるわけである。

 石油が枯渇すれば、あるいは原子エネルギーが枯渇すれば、太陽光線を利用すればよい。風力を利用すればよい。そうすれば公害もなく、矛盾も起こらないから、その方向へ進むべきだと安易に考える科学者もいるようだが、エネルギー効率の低下という点では、結局同じ愚を冒していることになり、人類の破滅の加速度を増すだけである。

 何故ならば、現代人と言う人種は、科学的真理は絶対的真理でないことに気付いてないことである。その為に、今なお、旧態依然の頭で、過去の仮説のひねくり回し、価値観の大転換を図ろうとしないことである。人間は何を為
(な)さねばならないかを知らないまま、盲目的に猪突している観がある。これは「生」を基準にしている考え方である以上、自分の手で破綻(はたん)を迎えることは必定であろう。



●自分と一緒に死ぬべきものは何か

 「うまく立ち回って、生きていくにはどうすればよいか」と考えるから、不安と絶望の底に沈むのである。生きていこうとするから、焦心するのである。これでは、自分が「生」から殺されることになる。必ず行き詰まってしまう。

 しかし、人はとことん追い込まれ、行き詰まれば、その極限に来て気付くものがある。
 それは、自分が「何によって生きていこうか」と云うことばかり考え、「何によって死のうか」と考えなかったことへの反芻
(はんすう)である。

 「何によって生きていこうか」という事ばかりを考えると、返って「生」に忙殺されるのである。今日、「生」に忙殺されている現代人は多い。利益追求主義第一の企業に忙殺され、「生き残り」ばかりを考えている。打算や損得勘定ばかりを考えている。物事と対面する場合、「こうすると損にはならないだろうか」という事ばかりに考えを巡らせている。

 こうした考え方に閉じ込められると、心の安まる暇
(ひま)がない。安住の境地を見失う。それは、「自分と一緒に死ぬべきもの」がないからだ。
 これでは明日を心配し、将来を心配する。自分の心は不安と絶望の底に沈みぱなしになる。益々、不安に掻き乱され、絶望の淵
(ふち)に閉じ込められる。

 しかし、こういう極処
ごくしょ/物事の最終的な際涯)から抜け出す為には、「自分と一緒に死ぬべきもの」を探せばよい。一緒に死ぬべきものを探すと云うことは、自分の「死に方」そのものを探すことでもあり、死ぬべきものが探し出せれば、長らく自分に付き纏(まとわ)った不安や動揺から解放される。

 古人は、「一緒に死ぬべきもの」の戒律
(かいりつ)を作った。それは「武士道」という名の戒律であった。しかし、戒律を戒律と捕らえれば、それは一層堅苦しくなる。武士道は儒教思想に裏づけられて大成したものであるから、これを直訳的に捉えれば、一層武張ったものになり、刺々しくて、清廉潔白の戒律書のようになってしまう。

 武士道に掲げる、忠誠・犠牲・信義・廉恥・礼儀・潔白・質素・倹約・尚武・名誉・情愛などを戒律と解釈するのではなく、「人生のよき手引き書」と捉える事が大事である。
 戒律は、自分の生活に能
(よ)く生かし切ることが肝心であるが、これを唱えているだけでは生きて来ない。死んだものになる。戒律に殺されてしまう。だから、封建支配体制の観念的支柱から離れて、「人生の意義と価値とは何か」という課題に向かって、これと取り組むべきであろう。

 人生をより善く生きると言う行為は、何もリッチになる事だけを謂
(い)うのではない。勿論、精神的な豊かさは大事であるが、金や物や色に振り回されるナンセンスだけは、御免被りたいものである。
 したがって、「よく生きた」という価値観は、物の豊かさとは関係なしに、一生が敗北と自責の念の一生であっても、自らの理想に燃え、その道を歩んだのならば、その人は、それだけで、充分に吾
(わ)が人生を謳歌し、満喫したと言えよう。
 つまり、「生き方」が、この人の世にはあるのである。

 したがって、より善
(よ)く生かすにしても、これを整然と整頓し、効率を上げる為に作り替えたものでは、戒律は正しく機能しない。単に戒律を守っているだけでは、その戒律は本当に人を生かしきっていないのである。それでは、戒律の意味もないし、本当に生きて来ないのである。戒律を、生かそう、生かそうとしているから、生きて来ないのである。それを唱えていても、単なる空念仏なのである。

 しかし、「自分は戒律と一緒に死ぬ」という極処に至った時、その戒律は力を持ち始める。これ迄の不安や絶望の底に沈んでいた自分の心は、鮮やかに蘇
(よみがえ)って来る。わが命と倶(とも)にする「死ぬべきもの」を見付けたからだ。

 そもそも戒律は、自分を縛
(しば)り付けるものではない。自分を生に縛り付ければ、戒律が返って手枷足枷(てかせあしかせ)となる。「生」に縛り付ければ、身動きが取れなくなり、やがて行き詰まる。自分の魂の躍動(やくどう)を妨(さまた)げ、心までもを萎縮(いしゅく)させてしまう。魂を躍動させるには、自由自在の闊達(かったつ)さが必要なのである。

 では、どうすればその闊達さが得れるのか。
 安易に、「道」に頼って生きていこう、栄えていこうとすれば、単に「生」に固執するばかりで、「本当の道」が見えて来ない。また、「道」を味わう修行の意味も分かるまい。

 ところが、「生」を捨て、一旦心に死を以て、死に準じていく道を発見した時、これまでの懦夫
(だふ)も「勇者」となる。
 道と一緒に死のう、道と一緒に滅びようと決意する時、人は初めて勇気を得る。初めて、不安と絶望の底から生還する。死ぬ事で、本当に生き返る。此処に来て、心は朗らかになる。何も失うものがないのだから、何も恐れるものもなくなる。これまでの動揺と不安は取り除かれ、生き生きとして来る。

 奮闘の勇気や、真の奮闘と言うものは、「一緒に死ぬべきもの」を探し出した時、不安と絶望の淵から蘇るのである。その原動力は、「生」を否定し、「死」に準じた時に、鮮やかに蘇
(よみがえ)るのである。

 人が、「一緒の死ぬべきもの」を探し当てた時、これまで頭を抬
(もた)げていた懐疑も不安も消えるのである。ここに至った時、初めて前進あるのみだと気付く。戦って戦い尽くすのだと気付く。死のうと決意したのであるから、死んでも後悔は残らない。

 そして不思議なことは、そこでは死ぬどころか、返って自分は、等身大の自分の姿を発揮して、生きて生きて生き尽くすのである。人を生かしむる、偉大な行動が、此処に生まれるのである。



●日々戦場の心構え

 人間の「死」と言うものは、老若男女を問わず、誰にでも訪れて来るものである。寿命の長短は個人差によって異なるが、しかし、幾ら長寿を全うしても、やはりその人の最後は死を以て終結する。
 人は、生まれた以上、死から逃れる事は出来ない。したがって、歳老いた人間ほど早く死に、若者は老人より長く生きるとは限らない。若者であっても、生気を失った者は老人並み以上の「人生」と、「死」が用意されている。

日々戦場と言う、心構えを誰もが忘れ、油断している時に敵が攻め込んで来る。防衛論の基本は、火事の始末と同じで、火事は出来るだけ出さないように、「火の用心」を徹底しなければならない。しかし、出来るだけ出さない火事も、時として人間の不注意で、出火する時がある。もし、出火したら、それを即座に消し止める準備と、心構えと、これまでに培った消防技術をいかんなく発揮することが必要であろう。
 かつての城は、こうした有事に際しての、防衛意識の象徴ではなかったか。

 喩(たと)えば、あと数カ月と余命を告知された末期ガン患者の老人が居たとしよう。かたや、車やバイクで暴走行為を繰り返す無法な若者が居たとしよう。現時点では、確かに「生きている」と言えるであろうが、それが一時間後、二時間後、半日後、一日後、二日後、一週間後、二週間後、一ヵ月後と、日を追い続ければどうなるであろうか。
 果たして老人が先に死に、若者がまだ生きているであろうか。あるいは予想通りに、若者より、老人の方が早く死んでしまうであろうか。

 「一寸先は闇
(やみ)」と言う。喩(たと)え一秒後でも、人間はそれを予測することができない。希望的観測に縋(すが)って、未来を漠然と想像する事は出来ようが、定められた人の寿命のプログラムの運命までもを明確に捉える事は出来ない。
 現象人間界に存在する事実は、「今」であり、この「一瞬」という事のみである。それ以外に何も存在しない。人は確かに生きているが、「今」にしか生きていない。一秒後にも生きていないし、一秒先にも生きていない。「今」に生きていることにより、人は非存在の物資体を持ちながら、生きている。

 「昨日」と言う存在は、過ぎし日の「今」であり、「明日」は、これからやって来る「今」の近未来である。人間の生きる数直線上に「今」が置かれ、この「今」を原点として、過去と言う「今」と、未来と言う「今」が存在するだけなのだ。此処に非存在の存在する理由は、「今」だけである。
 したがって人間は「今」のみが、唯一つの認識できる明確な事実であり、それ以外に事実はない。

 この事実の中に、人の喜怒哀楽があり、一喜一憂の人生がある。だからこそ、末期ガンの老人が、暴走行為を繰り返す無法な若者より、長生きできると言う保証は何処にもないのである。逆に、暴走行為で運転を誤り、電柱やブロック塀に激突して死亡すれば、若者は老人より短命で人生を終えようし、あるいは老人は、若者より長寿を全うしたと言えよう。
 齢をとっているから、生
(お)い先短いとか、子供であるから、もっともっと長く生きられるという保証はない。子供でも、老人より早く逝(い)く場合もある。ここに、人間に課せられた運命の不思議と命脈の複雑さがある。一切は、天の定めるところである。

 そこで浮上するのが、「死を以て日々精一杯生きる」あるいは「死を心に充
(あ)てて生きる」という、武士道の教えである。
 この思想は決して「死を先送りしない考え方」である。一日を無駄にしない生き方を説いている。誤魔化して生きれとは、一行も触れていないのである。「今、この一瞬」を大事にして、輝く事を教えているのである。
 己の心の裡側
(うちがわ)に、常に死を以て、これを充(あ)てて生きるとしたら、その人に残された人生の中で「今日一日」の繰り返しは素晴らしいものになるに違いない。

 日々戦場の心構えで、緊張し、隙
(すき)の無い、他人から侮られない生き方をすれば、それは「見事に生き抜く」とことにも通じるのである。人の「死にざま」とは、よく生きてこそ、それが「死の荘厳(そうごん)」になるのである。「荘厳なる死」を得ようとすれば、まず、よく生きなければならないのである。

 『本朝参禅録
(ほんちょうさんぜんろく)』には、尼僧(にそう)慧春(えしゅん)の話が出ている。
 小田原の最乗寺
(さいじょうじ)という寺に、慧春という尼僧がいた。
 この尼僧は大変な美人で、気性の激しい女性であった。仏門に入る際も、美人であるが為に、他の僧の修行の妨げになると言って、度々断られた前歴を持っていた。
 しかし、慧春の決心は固く、最後には自分の顔を焼け火箸
(ひばし)で焼いて、出家を請うて来たのである。これには寺の住職も、一言も退(しりぞ)ける理由をつける事が出来ず、ついに入門が許されたのである。

 入門してからも、人一倍の精進
(しょうじん)と修行を重ねた。しかし彼女の美貌(びぼう)は、他の修行僧の注目を浴び、度々恋文をつけられた。しかしこうした事には目もくれず、黙々と修行に励んだのである。

 ある日、慧春は住職の命によって円覚寺
(えんがくじ)に遣(つか)いに出た事があった。円覚寺の僧たちは慧春をからかってやろうと思い、彼女の前で道を塞(ふさ)いだ。そして一人の猛々しい僧が前に飛び出し、わが衣の下を捲(まく)り上げ、怒張した一物(いちもつ)を曝(さら)し、こう、大声で叫んだ。
 「わが一物、長さ三尺。どうだ驚いたか!」と傲慢
(ごうまん)に笑ってみせた。

 すると慧春は高笑いして、彼女も自分の前をはだけて、大声で答えた。
 「たかが三尺、なにしきのこと。尼僧が一物、底無し!」
 こう喝破
(かっぱ)して、彼女は自分の女陰を見せつけたのである。これに円覚寺の僧は彼女の豪胆さに、度胆を抜かれて青くなり、道を直ちに開けたと言う。

 慧春は、修行半ばの僧侶達の邪念を抜くために、自ら満座の中で裸になった事でも有名である。彼女は人一倍、愛欲と煩悩を打つ鋭さは、誰にも負けなかったのである。
 そして、ついに悟りの境地に辿り着いたのである。

 ある日、慧春は寺の境内に、高だかと薪
(まき)を積み上げると、火定(かじょう)に入ったのである。
 火定とは、燃え盛る火の中で坐禅
(ざぜん)を組み、そのまま即身成仏(そくしんじょうぶつ)となる事を言う。この知らせを聞いた住職は慌てふためいて駆けつけ、これを止めさせようとしたが、火の勢いが強く、全く手の施しようが無かった。

 住職は、豪火の中の慧春に大声で問うた。
 「慧春よ!熱いか?」
 これに慧春は答えて曰
(いわ)く、
 「冷熱
(れいねつ)は、生道人(なまどうにん)の知るところにあらず!」と、住職を喝破したのである。
 そして見事、即身成仏
(そくしんじょうぶつ)となった。

冷熱は、生道人の知るところにあらず!(慧春尼/絵・曽川 彩)

 「冷熱は、生道人の知るところにあらず!」とは、実に考えさせられる深い言葉である。
 本当の熱さや冷たさは、中途半端な修行をして、自我
(じが)に執着し、人生を迷い通して生きている者には解らないと答えているのだ。

 「死を心に充
(あ)てる」という心境は、死の連想で「武士の生き態(ざま)」というものに置き換えることができる。

 悟りを開き、火定に入った慧春
(えしゅん)の話は、生死の迷いに囚(とら)われることなく、「行動によって、悟りを一貫していなければならない」という事を物語っている。



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