●人の顔にはその人の運命が書かれている
顔に潜む人の運命を、八門遁甲・相術篇(そうじゅつへん)では、観相と言い、あるいは人相術と言う。
一般に人相と言えば、形ある物の外側や外観を見て、これを評論し、無理なこじつけの理屈を付けて、ああだ、こうだと外側を論ずるが、これは実に短見的である。本来、観相とは、その中身を見抜く術であるからだ。深層は外側にあるのではなく、裡側(うちがわ)に隠れているからである。
八門遁甲相術では、まず、人間の外観や顔立ちを観(み)て、その配置や変化を読み取り、更には躰付きを観て、それから肝心な中身を観にかかる。その中身は、性格や思考力や、人間の程度やランクまでが、即座に分かってしまうのである。
人間の顔は、時とともに変化している。あるいは生活環境や、教育の高低、知性の有無で変化する。
また、人間の性格は過去世(かこぜ)からの因縁を引き継いでいるものであるから、生涯変わることはないが、因縁は昇華のさせ方の如何で変化し、同時に顔付きも変わってくる。それは、性格とは関係なしに、考え方が変わるからだ。
中庸(ちゅうよう)に位置するものは、顔の捻(ねじれ)れが少ないが、陰陽のバランスを失い、運命の陰陽に支配されている者は、顔が、正面から観て、「九年ごと」に左右いずれかの捻れになって、運命の支配を受ける。この支配を受けている最たる職種野人間は、芸能人やスポーツ選手、それにアナウンサーや司会者、および政治家である。口を使うことを職業にする人間は、周期ごとに、左右何れかに回転して曲がり、中庸を失い、運命の陰陽に支配されて左右に捻れ曲り、その歪みが顔に顕われている。
この原因は、人間付き合いのストレスや心労、上下関係の人間に付き合い方の難しさ、年功序列、先任優先、実績、知名度、学閥、地位などが左右しているであろうが、根本には欲望を核にした運命の陰陽支配が働いていて、これを中心軸として、陰陽の周期、上下の高低などにより、分かり易く言えば、ジャイロ独楽の様相をなす人間の運命の不安定さが、時間と共に、ローリング(rolling/左右にゆれる動揺)とピッチング(pitching/縦揺れの動揺)を起こしているのである。これが顔に顕われて、捻れとなるのである。
この「捻れの周期」に並行して、病気も顕(あら)われて来る。
無神論者は「顔で運命が変わるはずがない」と断言する。顔を見ただけで、何処に病気があるか、どういう思考力の持ち主か、そういうところまで見抜けるはずがないと言う。しかし、やはり「分かる」のだ。 “相手を知り、己を知れば百戦するも殆うからず”孫子は、そう述べているではないか。
兵を募り、戦を仕掛け、それに勝つ為の策は、単に軍資金を調達したり、良い参謀を置くだけでは、本当に戦には勝てない。「組織は人を以てなす」ということを知るべきである。そして「人」とは、その人の習性と、過去の因縁から引き継いだ「人間の顔」である。
顔をから、その人格と霊格の一切を読み取る術こそ、勝利を我が手中に出来るのである。その術とは、「八門遁甲・相術」なのである。
兵法は、人間を相手にするものである。したがって、人間の顔と無関係ではない。人間の顔を研究することは、即ち、兵法を研究し、これを学ぶことである。八門遁甲では、相術篇の中で、人間の顔から、敵将の運命や陰陽支配を知る「術」があるのである。敵将の運命を知る術を「命」という。
この命術こそ、驚嘆すべき中国古典物理学なのである。そこには宇宙の法則があり、それに基づいた巧妙な「軍立(いくさだて)」がある。その軍立には、何年・何月・何日.何時・何分・何秒と、細かく割り出す「攻の時機(とき)」「仕掛けの時機」が法則として存在するのである。
さて、「遁甲」といえば、一般には「奇門遁甲」の名で呼ばれている。したがって、あらためて「八門遁甲」を名乗る伝法は少ない。では、八門遁甲と奇門遁甲は同じものなのか。
これは必ずしも同じものとは言い難い。
何故ならば、奇門遁甲は方術と言うより、占術として扱われ、九星気学の方位や風水に類似しており、占いを職業とする占師の事務所には神棚などが祭られ、中国の古典物理学である三元式遁甲を神仏的な力に頼ろうとしているからである。要するに、「当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦」なのだ。その的中率はどう検ても、五割止まりであろう。そして、その拠(よ)り所は、「占い」の範疇(はんちゅう)を出るものではない。
奇門遁甲は正確に、物理的に現象を起こしうるものでない。一種の、未来予知を暗示する運命学のようなものに収まっている。無から有を生み出すものでない。どこまで追求しても、占いなのだ。
ところが八門遁甲は、古典物理学の現象界における実際を動かすので、占いとは異なる。術者の意図した通りの現象が顕われるのである。これこそが、古典物理学としての現象界に及ぼす事実である。
近代史に八門遁甲が登場するのは、乾隆帝(けんりゅうてい/清朝第6代の皇帝高宗で、学術を奨励し、天下の碩学を招いて「大清一統志」「明史」「四庫全書」を編纂させた。また、天山南北路・四川・安南・ビルマなどを討ち、十大武功ありとして自ら「十全老人」と称した。1711〜1799)の頃で、歴史は清朝の斜陽に向けて動き始めていた。そして、乾隆帝と、その妃・香妃には、人相から運命の翳(かげ)りが既に覗かせていた。
王朝が崩壊する翳りは、その君主と妃の人相に顕われ、近代史では清朝の頃の乾隆帝と香妃、また、ロマノフ王朝の帝政ロシアの最後の王朝といあわれたニコライ2世とドイツ人の皇后アレクサンドラにも顕われていた。
そして、影で暗躍したのは、北方の民が古来から用いて来た「三元式遁甲」だった。
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▲馬上の香妃(シャンフェイ)。香妃は、生まれながらに皇帝といわれた乾隆帝の妃だった。
一方、香妃は生まれながらに芳香を放ったと云われる妃で、帝と「琴瑟(きんしつ)相和す」と喩えから、琴と瑟とを弾じてその音がよくあうように、夫婦間の相和して睦まじいと称された。
しかし、乾隆帝にも批難はあった。
それは歴史的に有名な『四庫全書』編集にあたり、書物発禁ならびに回収を行ったのである。中華の君主となった皇帝の前歴を暴(あば)き立てて、夷狄(いてき)よばわりされることを嫌ったからである。
また、乾隆帝の晩年は惨めだった。政治に飽き、満洲族出身の寵臣(ちょうしん)ホセンを溺愛し、ついに汚職を招いたからである。これが清朝を斜陽に向かわせる元凶となって行く。この影に、香妃の影響力があったとも云われる。
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さて、八門遁甲には「五術」という方術がある。この五術には、命・卜・相・医・山の五つがある。この五術こそ、まさに中国の古典物理学なのである。占いの入る余地は何処にもない。
五術こそ、人間が生きる為の「五つの要素」といっても過言ではない。
八門遁甲は諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)が活躍した漢時代の後期から、唐代に亘って完成された恐るべき方術と言われている。しかし一方、五術は人間の生きていく人生において、重要な役割をする要素が多く含まれている。
それは五つの方術である命(めい)・卜(ぼく)・相(そう)・医(い)・山(さん)の持つ意味だ。
つまり人間は、「命」によって、己の陰陽の運命支配を知る事が出来、「卜」によって、己が巻き込まれる諸々の事件を事前に上手に処理する事が出来、「相」によって、あらゆる人間現象会の現実を察知する事が出来、「医」によって、人間の正しい食養を知り、病気に罹(かか)らない体質をつくり、「山」によって、人間と宇宙が一体になった心身の鍛練するのである。
そして、この目指す究極の境地は、人間の真の倖(しあわせ)を求道(ぐどう)することである。国家の安泰、組織の安定、またこれが、個人に及ぶまでの、倖を追求する道なのである。そこには、敵から攻められず、また自らも攻めないという防衛法則が働くのである。
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▲ニコライ2世(帝政ロシア最後の皇帝。94年即位。極東に積極政策を展開したが、日露戦争に敗れて革命となった。1906年国会を開設。17年、二月革命により退位、シベリアで家族とともに銃殺さる。1868〜1918)と皇后のドイツ人・アレクサンドラ。
ニコライは皇太子時代、大津事件(明治24年、ニコライは日本来遊の為に来日。5月11日大津市に行啓の時、沿道警戒中の巡査津田三蔵に斬りつけられて負傷する事件が起った)に遭遇した。彼の性格は意志薄弱で、優柔不断なニコライは、妃のアレクサンドラの国政関与が、ロシア革命への導火線となって行く。ニコライの人相を読むと、意志薄弱と優柔不断が、既にこの時、漂っている。
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▲妖僧といわれた説教師ラスプーチン(1871頃〜1916)。
帝政ロシアの宗教家で、皇太子の血友病を治し、皇后の絶対的な信頼を得て、大臣にまで任命された。彼はシベリアの農民出身で、各地を巡礼し、その後、皇太子の血友病の苦痛を癒したことにより、皇后並びにニコライ2世の信任を得て、第一次大戦中、政治に関与するが、敗戦後、暗殺された。ラスプーチンは「妖僧」と謂(い)れるだけあって、その妖気の漂いは、既に、眼には「凶」の暗示が顕われていた。
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▲ロシア革命は光と影に覆われていた。革命前は、皇帝一家を妖僧ラスプーチンが丸め込んで牛耳り、帝政ロシアの屋台骨を揺るがし、帝政と皇帝一家を崩壊へと追い込んで行く。こうした影の部分に、既にロシア王朝が滅ぶ暗示があった。
ロシア革命前夜、「神は遥(はる)かに高く、皇帝は遥かに遠し」と、ロシア国民から酷評されていた。そして国民の皇帝への信仰は、1905年(明治38年)“血の日曜日”の虐殺で崩壊した。
国家元首の浮沈は、その代表者として、まず人相に顕われる。人相に剣難の暗黒の相が顕われる。この相は、元首自身にも、帝王が統治する政治や政体にも及ぶ。
二月革命で退位した皇帝一家は、シベリアのトボリスクへと強制移送された。
そしてモスクワへの移送途中の1919年7月16日、ウラルのエカテリブルクで皇帝一家は惨殺された。国内は三年に及ぶ内乱の末、ソビエトと言う新国家建設に乗り出すのである。だがそれは、政敵者や反対者などを厳しく取り締まる「粛清」と言う、血で血を洗う苦難への道の始まりであった。 |
人間の顔は、人生の経験や体験と共に変化する。それは年齢に応じて、脳の思考が変化する為だ。
人間の人生に向き合う態度は、容貌(ようぼう)を見れば分かる。容貌に脳が反映され、何を考えているか、それは顔が物語る。
その人が真剣であるか、一生懸命であるか、人生と正しく対面しているか、そうした人物の相貌(そうぼう)は、顔を見れば分かる。
顔には真剣である顔と、そうでない顔がある。また、正しい顔と、そうでない顔がある。怠け者の顔と、一生懸命に働く顔がある。彫が深いか、顔の輪郭(りんかく)がどうのこうのという美醜は問題ではない。況(ま)して、目が美しいか、濁っているか、目付きの云々(うんぬん)でもない。その人の人生に向かい合う態度が、人相に顕われる。
真剣で、正しい顔には誠実さがある。一生懸命に、目的地に向かう顔には、その成就を願う希望が宿り、生一本の直向(ひたむ)きさがある。正しく生きようとする正直さがある。
しかし容貌が正しいからと言って、それが総(すべ)てではない。顔は、心の奥に潜むものが顕われる。精神の暗部である。その暗部に、人間は懊悩(おうのう)を棲(す)まわせている。その棲家(すみか)には、悩み、悶(もだ)える苦しみが潜む。刻み込まれた、人間としての風雪に耐えて来た人間程、この刻まれた襞(ひだ)は深部に及ぶ。
また背負った歴史も、大方は憤(いきどお)りと悔悟の念であろう。あるいは義憤と自虐(じぎゃく)が綯(な)い交(ま)ぜになっているかも知れない。
人間の顔は、そうした人の生きた痕跡が皺(しわ)となって刻み込まれている。
人の顔には、遣(や)り場のない表情を刻んでいる場合も少なくない。懊悩は、そうしたところにも潜む。
人間の深層部に潜む、懊悩を読み取る術を八門人相編では、「読心術」という。顔の形相から、暗部を素早く読み取るのである。これは顔の表情や、筋肉の微細な運動などを通じて、相手の思念を感知する術である。顔には、また、人の心が映し出されているのである。
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人は人間を観察する時、他人の顔を見て、そこから、その人の人柄を窺おうとする。初対面であっても、その人がどういう人であるか、本能的に相手を見抜こうとする。
見抜こうとする者。また、見られていると感ずる者。
そして、見られていると気付いた時、本心は見抜かせまいとして、それに些かの抵抗を示し、表情を作り替えて、優しそうに振る舞う人、小狡そうに立ち回る人、短気や感情を露にする人、饒舌巧みに話し掛けて自分の劣等感を隠そうとする人など、様々であり、何らかの抵抗を感じ、同時に何らかの印象を受ける。こうした観相への人間対人間の「攻防の術」が、まさに八門遁甲相術なのである。
兵を募り、戦を仕掛け、それに勝つ為の策は、単に軍資金を調達したり、良い参謀を置くだけでは、本当に戦には勝てない。「組織は人を以てなす」ということを知るべきである。そして「人」とは、その人の習性と、過去の因縁から引き継いだ「人間の顔」である。顔をから、その人格と霊格の一切を読み取る術こそ、勝利を我が手中に出来るのである。その術とは、「八門遁甲・相術」なのである。
兵法は、人間を相手にするものである。したがって、人間の顔と無関係ではない。人間の顔を研究することは、即ち、兵法を研究し、これを学ぶことである。八門遁甲では、相術篇の中で、人間の顔から、敵将の運命や陰陽支配を知る「術」があるのである。敵将の運命を知る術を「命」という。この命術こそ、驚嘆すべき中国古典物理学なのである。そこには法則があり、巧妙な「軍立」がある。 |