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旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 5


 ─────私は以前千代に約束した事があった。
 これは嬉野川の辺
(ほとり)で夕涼(ゆうすず)みをしている時であった。この不幸の数カ月ほど前のことである。私は中学一年の夏休みを姉の処(ところ)で二十日程過ごしていた。

 「健ちゃん。あそこに飛んでいるの、何て言う昆虫
(むし)か知っている?」
 紺色の絣
(かすり)の浴衣(ゆかた)を着た千代が、私に訊ねた。
 「蜻蛉
(とんぼ) だよ」私は、声変わり前の少年特有の声高の口調で返事を返した。
 「えッー?あれが蜻蛉ですって……」
 観察眼が足りない私に、千代は
(違うでしょ)と、言うような顔をした。
 「えッ、蜻蛉じゃないのか?」
 「あれはね、蜉蝣
(かげろう)と言うのよ。ほら、よく見て御覧なさい。翅(はね)の形や尻尾の形が蜻蛉とは何処か違うでしょ。まるで、壊れ易い薄いガラス細工で出来ているみたいでしょ」
 千代はそう言って、私の肩にそっと両手を置いた。

 私よりも、八つ程も歳の違う千代は、この時二十一歳で、私の想い人であった。
 生まれて間もない時から、母親以外の女性に育てられ、常に母性を求めていた私は、性に目覚めた頃、またその母性を千代にも求めた。千代は私に、母性本能を擽
(くすぐ)られた女であったかも知れない。

 私たちは夕涼みにために、嬉野川の入り江の川面
(かわも)を見詰めながら、石垣で作られた川岸の堤防に座って、こんな話の遣り取りをしたことがあった。
 「千代、お前あれ欲しいのか。欲しかったら、捕まえてやるよ」
 「そんなことしちゃあ駄目よ。あれはもうすぐ死ぬのよ」
 「どうしてだ?」
 「そういう宿命なの」
 「宿命って、何のことだ?」
 「生きとし生けるもののねェ、生まれてから、死ぬまでの、前世から決まっている運命のことよ。これはねェ、最初から定まっていてねェ、人間は絶対にこの運命から避けられないのよ」
 おっとりとした口調で、ぽつりと言ったその言葉に、私は何か不吉な予感のようなものを肌で感じとっていた。

 「お前、運命が避けられないなどと、そんなこと信じているのか」
 「運命的なものは、すべて人は避けられないのよ。死ぬと決まったものが、死んで行く。これが運命の定める宿運と言うものよ。だから生きとし生けるものは、最後、絶対に死ぬの」

 千代の断定的な激しい口調に、私は聴くしかなかったが、まるで千代は、その言葉の何処かに死への憧れのようなものが漂っていた。それが千代と蜉蝣
(かげろう)を重ね合わせたのだった。

 「お前も壊れ易いガラス細工なのか?」
 「えッー?……」
 千代は一瞬狼狽
(ろうばい)した。
 千代は、少年の私から、何かを図星
(ずぼし)されてしまったと言う驚きのようなものがあったらしい。そして自らの果敢(はか)ない宿命までも……。
 憐憫
(れんびん)を思わせる夕日が、千代の横顔を赤く染め、形の良い唇から、何だか分からない、人生に少し愛想を尽かした吐息(といき)のようなものが、彼女の口から静かに洩れたことを憶えている。それが何処となく、斜陽の夕日に重なって滅び行く人間の運命を思った。

 千代は悲しげな、それでいて、燃えるような鋭い一瞥
(いちべつ)を、私に投げかけて、
 「ねえ、健ちゃん。もしねェ、死で、また再び生まれ変わって来たら、もう一度何処かで、あたしと逢たい?」
 「当たり前じゃないか」
 「じゃあ、また会えるといいわねェ」
 「どうしてそんなこと訊くんだ?」
 「人間って、生まれた以上、一度は死ぬのよ。あたしも、そしてやがて健ちゃんも……」

 その言葉は私を暗くさせたが、千代は何か将来に起こるべき暗示のようなものを問いかけていて、それが何であるか、当時の私には見通せなかった。
 その見通せない苛立ちから、昏
(くら)い夕陽(せきよう)の暗示を打ち消すように、こんな事を言った。

 「お前を必ず、俺の嫁さんにしてやる。そんなお前が死んだら、俺はどうして生きていけばいいんだ。死ぬなんてこと言っちゃあ駄目だ」
 「あたしが死ぬですって?」
 そう言う事はない、と言うような惚
(とぼ)けた、白々しい口調だった。

 「健ちゃんは本当に淋しがり屋なのね。でも、いくら淋しいからと言っても、一人で生きていかなければならないこともあるのよ」
 私は何も分からない儘、千代が何が言いたいのか問い質
(ただ)したり、また、それを穿鑿(せんさく)する能力が、少年の私にはなかった。しかし、急激に陽の傾くさまは、黄昏(たそがれ)と言う翳(かげ)りを伴って、怕(こわ)いほど静まり返った人間の死に逝(い)く姿を思わせた。

 「おれ一人でなんか生きられるもんか!」
 「でも、いくら淋しくても、じっと耐えて生きて行くものなのよ」
 「厭
(いや)だ!」
 「まるで、ダダっ子のようなこと言うのね、健ちゃんは……」

 千代の言おうとする事が理解できない私は、何だか悲しくなって、涙で目が潤み始めていた。千代の肌の香りは、川風に吹き長されて、その香りはその儘、薄翅蜉蝣
(うすばかげろう)が迷妄する鈍い反映を受けて、手弱 (たおや)かな舞になった。

舞いを舞う蜉蝣。

 私は悲しみを込めて、淋しそうな目で千代を瞥見(べっけん)した。そんな私の淋しさに気付いた千代は、私の手を固く握り締めながら、頬(ほほ)を寄せるように、こう言った。

 「じゃあ、今度あたしは蜉蝣になって健ちゃんの前に現れるわ。そしたら淋しくないでしょ。いつか何処かで蜉蝣を見たら、それはきっと、あたしと思ってちょうだいね」
 「えッ!今度生まれて来る時は、人間ではなく、お前は蜉蝣になりたいのか?」
 「そうよ、蜉蝣に……」
 「どうして蜉蝣なのか?」
 「あたしはあの蜉蝣が好きなの。あの飛んでいる様子を、じっとみていると、いつまで見ていても飽きないわ。ガラスのように透き通った薄い翅
(はね)。翅音(はおと)をさせるだけでも壊れ易くて繊細(せんさい)な姿。そのくせに、何故か美しい舞いを舞う。そして夕方には、美しい儘で死んでしまうような奇麗なものが、あたしは好きなの……」
 「それ、何のこと言っているのだ?」
 「健ちゃん。あたしが死んだらどうする?」
 「そんなこと許さん。絶対に俺が許さん」
 私は血相を変えて、怒鳴ったことを憶えている。

 医者を志ざそうと思ったのは、この時の千代の「あたしが死んだらどうする」という言葉からであった。千代は自らが不治の病に罹
(かか)っているという事を、既に意識していたようであった。
 少年時代における唯一の幸せは、楽しい事など、何一つなかった私にとって、千代の優しさが、子供心に郷愁
(きょうしゅう)を誘い、彼女のために、何が出来る事はないかということを模索していたのである。
 この時、千代は既に死を決意していたのであろうか。

 「でも、人間って、死にたくなくても、病気なんかで死ぬ時があるでしょ。病気で死ぬ人の運命まで、健ちゃんは止められると言うの?」
 「馬鹿を言え。俺は大人になったら医者になってやる。お前の病気なんか、俺が退治してやる」
 しかし、この約束は果たせなかった。
 約束が果たせないどころか、千代はこの数カ月後に自殺をしてしまった。今にして思えば、千代はこの時、間違いなく死を決意しているものと思われた。
 煩悩の重荷を、死で購
(まかな)おうとしていたのではあるまいか、と言う思いが付き纏(まと)って来るのだった。


 ─────私は工学部の出身であるが、本来は少年の頃に抱いた、千代との約束で医家を志したことがあった。
 元々理系の才能に恵まれた私は、特に数学が得意で、少年の頃、想い人の千代に誓ったように医家への道を志し、その道を進もうとしていた。しかし貧乏な家に生まれた私は、その道を閉ざされてしまった。

 高校三年の二学期の後半、某私立医大の推薦入学試験を受けたことがあった。
 学校から選抜された私は、某医大が差し向けたバスに乗り、試験会場へと向かったことがった。
 試験は数学全般と理科全般からの一科目選択、外国語は英語かドイツ語の何
(いず)れかの一科目であった。
 私は数学にはかなりの自信を持っていた。その自負心が私を気丈にさせていた。合否には関係なく、当たって砕けろの気持ちでいた。
 最初に数学の試験が行われたが、B4の用紙が二枚配られ、黒板に四問の問題が書かれた。

 私はその用紙を二つに折り、90分の試験時間をフルに使って、狂ったように問題を解いていた。第一問と第二問は数Ιの範囲、第三問は幾何代数、第三問は基礎解析、第四問と第五問は微積の範囲であった。これを難なくこなし、次の理科では物理を選択して無事に終わった。
 外国語は英語を選び、好調ではなかったが、不調でもないという出来映えだった。

 この合否判定は散々待たされた挙げ句、一週間後に合格通知が届いたが、これを母と相談するも、進学を諦めざるを得ない状態になった。
 当時、私立の医科大に推薦を受ける入学金は三百万円程であったが、その金策に奔走したにもかかわらず、金策の工面がつかず、事実上挫折してこれを断念したのだった。結局、工学部に進路を変更して、次に目指したのは数学者への道の選択だった。
 そして千代との約束が、また一つ遠ざかってしまった。



●千代の亡霊

 これは私が二十歳になったばかりの頃の話である。
 この日、私はまた、山村師範との稽古の約束時間を大幅に遅れて参上した。
 山村師範は、表面は平静を装いながらも、内心はジリジリしながら、激怒の頂点に達していたことは言うまでもない。頭ごなしに、怒鳴られることは、既に覚悟していた。

 稽古時間が遅れたのは、私が開設した道場の雑用と移動する交通機関の渋滞で遅れ、一時間以上も大幅に遅れて、山村師範の処に到着した。
 (この爺さまに言い訳は通用しない)と、端(はな)から諦め覚悟しているせいか、莫迦(ばか)に落ち着いていた。その落ち着きが、また山村師範を激怒させる原因をつくったらしい。
 山村師範の性癖
(せいへき)は、私の小心者の性格を楽しむという悪い癖があった。一番タチの悪い性癖とでもいおうか。

 小心者の小心者たる所以
(ゆえん)は、度胸を欠いだところにある。突然の出来事に、適切な対処が間に合わないで、軽挙妄動に陥り、慌てふためく大混乱にある。
 この日は不運にも、私は混乱していなかった。

 山村師範の後ろに黙って端座し、
 「遅くなりました」と、丁寧に一礼して叱咤を覚悟の上であったが、それに応じる様子がなかった。激怒の頂点に居るのだが返事をしてくれない。端
(はな)から相手にしていない様子すら感じられた。茶碗を握った儘(まま)、年寄り特有の、だらしのない音を立てて、お茶を啜(すす)り込んでいた。

 (じじ臭い、いやな音だ)と思った瞬間、爺さまは何を思ったのか、横にあった日本刀を突然抜いて、襲いかかってきた。突如のことで、「待った」を掛ける暇がない。鋭い光り物は、鋭い雷光を発して驟雨(しゅうう)の如く襲いかかった。
 また「例の気違いが始まった」と思った。

 この日の突如の襲撃は、いつもより一段と気合いが入っていた。もの凄
(すご)い殺気を感じる。単に脅しだけの奇襲攻撃ではない。手加減というものが全く感じ取れなかった。狂気だった。兇暴の一言に尽きた。
 その証拠に、躱
(かわ)し損なって、右手首の静脈の脈所の上を、剣先が鋭く掠(かす)めた。掠(かす)り傷とはいえ、血管を切ったため、血が細い血飛沫(ちしぶき)となって吹き出てきた。その鮮血の血液を、一瞬美しいと思った。人間は、血潮を抱えた生き物であると言う、誰もが忘れていることを、私はこの時、思い知ったのである。そして、この時に刻み込まれた傷跡は、いまでも私の右手頸の静脈の脈所にはっきりと残っている。

 とうとう最後は躱
(かわ)し切れず、部屋の片隅に追い込まれ、最期(さいご)の止(とど)めの一太刀となった。振りかぶる刀からは、斬られるような想像が脳裏(のうり)を空転した。
 その時、無意識のうちに千代のお守りを掴んで、その最期
(さいご)になるであろう、「止(とど)めの一太刀」を受けようとしていたのだ。そんなもので受けることができる筈がないのだが、咄嗟(とっさ) の行動として、反射的にそうなったのである。

 (まずい、斬られる!)そう思った瞬間、山村師範は何故か刀を引いた。そして、一言ぽっりと言った。
 「お前の後ろから、女の亡霊が出た。今日は、儂
(わし)の負けじゃ」

 始めは何を言っているのか、よく分からなかった。山村師範が「負けた」と言ったのは、後にも先にも、この一回限りだった。

 私は、必死で千代のお守りを掴んでいたのだ。
 山村師範の眼には、千代の姿が映ったのだろうか。この時、斬り捨てられていても不思議ではなかった。それを千代の亡霊が、私を守ったのかも知れない、とそう思った。
 そして、この日から、山村師範は、意味不明な奇襲攻撃やシゴキの類
(たぐい)の乱暴?はやらなくなった。勿論、躰(からだ)で仕込む洗礼や、猛練習と言われるものもめっきりと数が減った。

 気が抜けたような、何処にでもいる、大人しいその辺の老人に変身してしまったのだった。
 私には、女の霊が背後に居ると、よく霊能力のある人から指摘されることがある。そして、どれも共通している事は、二十歳前後で、長い髪で、ちょっと面長で、奇麗な顔をしていると云うことだった。

 私も、千代が私に取り憑
(つ)いているのではないかと思われる事を、しばしば経験した事がある。しかしあくまで、私の守り神としての守護であろうが……。
 自殺した人間は顕幽
(ゆうげん)の苦界で苦しむと言う。そんな事をオカルト愛好者から聞いた事がある。

 しかし現世の夢と言う現実に、苦しむと言う事も、また一つの夢ではなかろうか。夢と言う幻覚に悩まされ、惑わされて、迷い続ける事が、この世とあの世を繋
(つな)ぐ、大きな煩悩(ぼんのう)を作る要因になっているのではあるまいか。

 所詮
(しょせん)、肉眼で見える事は、迷いを生み、人はそれに惑わされる。心眼を開いてこそ、迷いは解かれ、その奥に悟りが鎮座(ちんざ)している。
 悟りとは、一つの意識しない、無意識の中で、その成り行きに任せると言う事ではあるまいか。それが仏道で云う「空
(くう)」なのだと思う。
 「空」だからこそ、永遠不変の固定的実体がないということを、悟りへの最終目標に掲げているのは、このためであろう。

 山村師範が、私に「止
(とど)めの剣」を刺さなかったのは、私は無意識の中に身を置いている事を、既に見てとっていたのではあるまいか。そんな事を考えながら、千代の死後の、成仏できない、彼女の魂の行方(ゆくえ)を案じていた。



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