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旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 16


 ─────馬場新町での女郎買いでのことである。

 二人で女郎買い行ったことがあったが、事も有ろうに野仲は五十五歳の、この女郎屋一番の長老に当ったことがあった。

 話を聞くと、またこれが可笑しかった。彼の天罰
(てんばつ)だと思って大笑いした。
 彼の話では、こうであった。
 部屋に入ったら、中が薄暗くて、どんな顔をした女が居たかよく分からなかったという。女が居ることまでは分かったが、歳までは分からなかったという。コチコチに緊張していたらしい。

 彼には古いものを着用する癖があった。
 例えば、祖父が帝大の学生時代に愛用していたと称するオーバーコートとか、マントとか、カシミヤのズボンとかである。冬の時期になると、学生服の上にマントを羽織り、高下駄を履いて、『金色夜叉
(こんじきやしゃ)』の間貫一(はざま‐かんいち)スタイルで大学に顕われた事があった。角帽に卵を塗り付けて、カチカチに固め、それを目深に被って大学の部室に顕われ、見ている者を仰天させた事があった。しかし、周囲を仰天させても、かれはそれを意に介さないところがあった。

 「このズボン、うちの爺さんがはいとったカシミアのズボンじェ」と、古い物を自慢するのである。
  当時、ズボンは全て前はチャックになっていたが、彼は好んでこの古いタイプの、前がボタンになったものを愛用していた。
 「ここのボタンを、女に一つ一つ外させると、女は喜ぶちェ」と云って自慢していた。
 しかし初心者の彼は、云うことと、することが必ずしも一致していなかった。

 この女郎買いに行った時も、このズボンを履いていた。暗がりの中で、女から猫撫で声で言い寄られ、ズボンの前を撫
(な)でられいると、余りの気持ちの良さに、ボタンを外すのが間に合わず、早く女の中に入れなければと焦りつつ、「しまった!」と、そこで思わず漏らしてしまったという。
 「あら、おにいさん。もういってしまったの?」と女がそう訊
(き)いたそうだ。

 これ自体も可笑しかったが、その終わった後がもっと可笑しかった。この女に自分の前を拭いて貰
(もら)うとき、明りがつけられた。
 思わず野仲は、この大年増女を見て、「うあーッ、ババちゃん!」と口走ってしまったそうである。もう一発かまそうとしていた野仲の一物は、急にうなだれ萎
(な)えてしまったそうである。
 後で、この女の年齢が五十五歳で、この女郎屋一番の長老であることを知らされたということだった。野仲は一時間五百円の料金が、如何にも大損をしたように暫
(しばら)くこぼしていた。

 彼は、三島由紀夫の小説『仮面の告白』や、『豊饒
(ほうじょう)の海』に出てくる学習院や東大生の、家柄や生まれが良くて、上品で、お行儀の良いお坊っちゃま風の主人公や登場人物とは懸(か)け離れた世界の人間であったが、私にとっては寧(むし)ろ、その懸(か)け離れた人間であったればこそ、私にとって悪友でありながら、また心から付き合える良き友であった。野仲とは、いつもこんな調子で付き合ったいた。当時の学生時代の、そんなことを思い出していたのであった。


 ─────由紀子が来るまでの数十分、あの日の思い出が、次から次へと連想された。
 学生時代の前期の試験中、静かさを求めて、久留米のみどり橋の遊廓
(ゆうかく)で、一週間暮らした女と別れる時が辛かったように、また今、女に惚(ほ)れ易い私は、性懲(しょうこ)りもなく、その二の前を演じようとしていたのである。
 当時のことが一瞬脳裡
(のうり)に甦(よみがえ)った。


 ─────悪友の野仲から紹介された旅館への地図を見ながら、散々歩き回り、やっとの思いで、ある一見の遊郭
(ゆうかく)を捜(さが)し当てた。
 この近辺は、昔の色町の名残を漂わせていて、何処となく、立ち並ぶ遊廓の格子戸
(こうしど)の向こうに、遊女の匂いが仄(ほのか)に漂ってくるよだった。それも現代風の娼婦ではなく、江戸時代の映画で出てくるような花魁風(おいらんふう)の遊女である。そういう瀰漫(びまん)した空想の中を歩きまわりながら、そのしっとりした湿地帯は、タイムスリップした戦前の遊廓ような雰囲気を醸(かも)し出し、陰湿なまでの一種異様な風景に、私はその行く手を阻(はば)まれた観があった。いま、危険なところに足を踏み入れていると言う、一種の阻止であった。

 それは別に怖
(お)じ気づいたわけではない。ただ昔知っている、あの風景が重なってくるからであった。千代の居たあの風景と瓜二つの……。そして見たいような見たくないような……懐旧の念が湧いた。

 私が捜し当てた旅館は、『静乃』という昔ながらの女郎屋旅館で、玄関を入ったら、此処の番頭と思われる初老の男から、直に四畳半くらいの待合室に案内され、そこで暫
(しばら)く待たされた。

 此処は昭和初期の遊廓を思わせる凝
(こ)った造りがなされていた。
 何もかもが木製で、よく手入が行き届いていた。暫くして和服を着込んだ中年の此処の女将らしい人が入って来て、この部屋から小さなマジックミラーの向こうに居る女を斡旋してくれるのである。
 まるでそこは秘密の阿片窟
(あへんくつ)でも覗(のぞ)くような、隠蔽(いんぺい)された空間であった。野仲もこのように、マジックミラーの覗き穴から女を物色したのだろうか。

 どうせ此処も野仲が遊び回った後の、二番煎
(せん)じを私がするのかと思うと、いい気はしなかったが、私の様な金欠病患者には、一泊千五百円という信じられない超安値が、何とも魅力的であった。

 マジックミラーの向こうをよく見ていると、一人だけまともな女がいた。
 こんな所に身を沈めながらも、まだ、男擦
(おとこず)れをしてなかった。化粧をしてないので、一瞬生娘(きむすめ)に見えた。女郎屋旅館には似つかわしくない、何処にでもいるような、ごく普通の娘にも見える。洋服を着ていたのでスカートから伸びた足に直に目がいった。足首の締まりが中々いい。腰の括(くび)れも中々のものだ。

 「おばちゃん、あの娘がいいよ。ほらあの娘だよ」
 「お兄さん、お目が高いねぇ。でも、あの娘三百円増しだよ」
 中々のやり手ババァーだ。
 「えッ……!俺、此処に一週間いるんやで。そら、ないだろう。一日、千五百円にしてよ」と一応ごねてみたが、 
 「あかん」の一言で、仕方なく千八百円払うことになった。心の中で、
(何て、ババァーだ。人の足許(あしもと)を見やがって)と思った。


 ─────私は女郎買いが目的ではなかった。
 元来、風流を好む私は、せめて試験中だけでも、共産主義青年を気取る学生運動の騒音から逃れたかったのである。何処か静で、落ち着いた所を捜していたのだ。勉強するためである。静かだということで、野仲から此処の話を聞いてやって来たのだった。

 私はこの旅館に、試験科目の一切の教科書を持ち込んだ。辞書類は重かったので、家からは持参せず大学で野仲の物を借りた。おまけに、餞別
(せんべつ)代わりに性病にかからないようと、クロロマイシンChloromycetin/クロラムフェニコールの薬品名。当時は性病に効くと思われていた)の小さな瓶(びん)を一瓶くれた。
 「クロマイ飲んで頑張ってこいよ」実に変な激励だった。

 私は何を頑張るのか困惑したが、野仲は、私があそこに行ったら勉強どころではないことを充分に知っていたのであろう。
 一見、親切そうであったが、曾
(かつ)て野仲が馬場新町の女郎買いで、五十五歳の長老に当たり、それが長老とも知らず、暗がりの中で、不覚にも思わず精液を漏らすと言う醜態(しゅうたい)を演じて、私から笑われたように、今度は彼が私を笑う番なのである。私の失態を密かに期待していた節があった。

 彼は以前、この長老の猫撫で声に騙
(だま)されて、暗がりの中で自分の象徴を擦(こす)られるだけで、この長老から精液を吐き出される破目となったことがあった。
 事が終わって、明かりが付けられたら、
 「うあーッ!ババちゃん」と思わず驚愕
(きょうがく)し、これがこの女郎屋最年長の五十五歳の長老であったと言うわけだった。これに嘲笑(ちょうしょう)された、私への恨みは意外に根深かった。そして、此処で私がある種の失態に嵌(はま)り込むことを密かに期待し、陰で笑っていたのかも知れない。
 ともあれ、私は友の細やかな歓呼
(かんこ)の声に送られて、此処に来たのだ。

 取り敢
(あ)えず、私は野仲の好意を有り難く受け取ったのである。
 彼は、一通りの酸
(す)いも甘いも知りつくしたような遊び人らしい口調で、私に細々と女の優劣を批評をして、その道の「通(つう)であるかのような態度をちらつかせた。これに黙って、謙虚に説明を拝聴するのが、せめてもの悪友に対する礼儀ではないかと、半ば諦めた気持ちで彼の講釈を有難く静聴していた。それがここに足を運んだ原因である。

 彼女から部屋に案内されて、早速勉強に取りかかった。彼女には、私が前期の試験中ということを説明しておいた。この部屋は南側に面して中々いい部屋だった。庭の木々の木漏れ日が差し込んでくる。手入れの行き届いた庭が静けさを与え、落ち着いていて、私好みの景色だった。

 明日の第一日目はドイツ語と物理であった。
 部屋の真ん中にあった、丸い応接台を勉強机代わりにした。
 三百円増しで、私が買ったこの女は、こんな私を見て手持ちぐさそうであった。

 「大学でなに勉強しているの?」等と訊いて来て、数式ばかりの分厚い教科書を一人でパラパラ捲
(めく)っていたが、
 「随分と難しいことやってんのやねェ。なんや知らん、変な記号ばかり……」と、それ以上捲ることを諦めた様子であった。

 教科書を開いて、野仲から借りたドイツ語辞典を開くと、その表紙の裏扉の部分に大学の便所で拾ったギャグであろうか、『Ich hunbaruto hunderu
(イッヒ・フンバルト・フンデル)』と、馬鹿な事が書かれていた。

 どうも、側に女が居ると、気が散って勉強にならない。集中できず、頭を掻
(か)き毟(むし)っている時に夕食の時間となってしまった。
 何から何まで、彼女が世話をやいてくれる。可愛くて実にいい娘 だ。風呂から上がって、一息ついたところで、ビールを飲みながら、彼女の身の上のことを訊き始めていた。歳は十八歳だと言う。まだ少女のようなあどけなさが残っていた。


 (何でお前のような娘が此処に……)と説教に似た一言が言いたかったが、野仲から、こんな所に来た時は、絶対に女の身の上話を訊いたり、説教したりしてはいけないと釘を刺されていた。そんな野暮なことはするものではないと言われていたのである。訊けば女が惨めになるからだ。

 彼女も何かの事情で、此処に身を沈めたのであろうと思って、これ以上は訊かなかった。此処での源氏名は、“あけみ”という名前がついていたが、本名ではあるまい。

 売春禁止法は昭和33年4月1日を期して施行され、既に赤線の灯は消きえていたが、こんな地方の穴場までは、まだ警察の手が届かなかったのであろう。

 私が勉強している間は、ずっと起きていてくれて、お茶を煎
(い) れてくれたり、お菓子を出してくれた。深夜には自前で、鍋焼きうどんの夜食まで作ってくれた。

 夜になって勉強していると、隣の部屋から派手な情事の呷
(うめ)き声が聞こえて来た。そして二階でも始まり、突然、天井にある二階部分がギシギシと揺れ始めた。何て事だ、これでは勉強どころではないではないか。

 物理の数式を前に、頭が益々混乱するはばりである。この状態を見たら、野仲は転げ回って馬鹿笑いするだろうと思った。一瞬、癪
(しゃく)な野仲の顔が浮かんだ。

 とうとう次の日の朝が来た。周囲の“善がり声”に充
(あ)てられて、少しも勉強にならなかった。
 朝食が終わって大学に出かける前、彼女は玄関先で三つ指をついて、 「いってらっしゃいませ」と丁寧にお辞儀をしてくれた。これだけが一番気持ちよかった。私も、つい調子に乗って、「うん、では、行って来る」などと言ったものである。まさに俄
(にわか)夫婦ゴッコだった。

 一日目の試験が終わって、偶然にも大学のロビーで野仲に会った。
 「おい、どぎゃんやったか、今日の試験は……?」と、女郎屋旅館の話とを託
(かこつ)けて、ニンマリ顔で興味津々(きょうみしんしん)という口調で訊いてきた。
 「どぎゃんもこぎゃんもなかァ。あの旅館は夜が騒がしくて勉強にならん。サッパリやった」と、少し不機嫌に言うと、
 「やけん
(だから)、行くなチュゥ云うとろうが……」と、自分は止めたと言う口ぶりで云うのだった。
 彼の云いぶりは、自分は止めたが、お前が俺の忠告も聞かずに勝手に行ったのだ。だから、行ったお前に責任があるのだという口ぶりだった。
 私が、まんまと嵌
(はま)ったという顔をしたら、彼はニッコリと笑って、何んだか莫迦(ばか)に嬉しそうであった。

 口惜しかったので、「ばってん、いい事もあった。特に姉ぇちゃんが、とびっきりの別嬪
(べっぴん)やった。馬場新(博多馬場新町)の女郎屋で、お前の相手した五十五歳の長老なんかやなかった。十八歳の姉ぇちゃんやった。とびっきりの別嬪たい」と言ってやった。
 私は、「とびっきりの別嬪」を強調して、内心では
(どうだ、口惜しいだろう。ざまあみろ、こんないい事もあったんだぞ)と、こう云ってやりたかった。
 「へーッ、そんな姉ぇちゃんおったかいなァ……?」
 野仲は口惜しさを半分を顔に出して、不思議そうに首をかしげていた。

 博多から久留米まで国電
(今のJRの鹿児島本線)で30分である。駅を出て、鈴懸(すずかけ)の並木道を通り、古めかしい情緒ある遊廓街を通り抜けて、この旅館に戻って来た。
 私が玄関の引き戸を開けて「あけみ、いま帰ったぞ」と云うと、彼女が出迎えに玄関先に飛んで来た。私は、何となく、こう云ってみたかったのである。
 彼女は、玄関前の廊下に、三つ指をついて、「お帰りなさいませ」を深々とお辞儀をした。一瞬、家を間違えたかと思うような錯覚にとらわれた。髪を結い上げ、着物を着ていたので、一瞬誰かと見間違ったが、よく見ると彼女であった。

 紺色の久留米絣
(くるめがすり)に赤い帯を結んでいた。それが薄化粧の顔とよく似合っていた。今までとは別人のようだ。何処となく大人の艶(いろ)っぽい色気を漂わせていた。
 朝と同じく、丁寧
(ていねい)に三つ指をついて、「お帰りなさいませ」と云うお辞儀が、何とも板について居た。彼女の、そうした一挙手一投足に、何となく気分が良なって、いつの間にか亭主にでもなったような錯覚を覚えた。

 部屋は、清潔に掃除がされ、庭に面した窓と障子と、反対側の小窓のカーテンが開け放されて、爽やかな秋風が実に気持ちいい。肌に秋の木漏
(こも)れ日が爽(さわ)やかに伝わってくる。そして、教科書や辞書が応接台の上に、きちんと整頓されていた。

 その時、私はいきなり話を切り出した。
 「明日、数学があるんやが、一発させてくれんかの?」
 私は、野仲への面
(つら)当てに、こんな不埒(ふらち)な事を切り出したのである。

 「昼間っから。何でェ……?」
 「やらんと気持ちが落ち着かんのや」
 「うち、厭
(いや)や。真昼間っからそんなこと、ようしません」
 「ねえ、そんなこと言わないで。頼むよ、“あけみ”ちゃん」と合掌して両手を合わせたが、「駄目!」と一蹴
(いっしゅう)されてしまった。

 この談合は決裂し、不成立に終わったので、後は独断で決行し、強硬手段をとるしかない。強引に帯を解き、着物をまるで鶏の羽毛
(はねげ)でも毟(むしる)ようにして剥(は)ぎ取ってやった。
 「きゃーッ、変態。馬鹿、やめろ……。こら!」と騒がれ罵
(ののし)られたが、
 「やかましい、黙って俺からされる通りしとれ」と言って、背後から性交に及んだ。
 一物を挿入するだけ挿入して、後ろ向きにした彼女の背中に、万年筆で微分方程式の数式を書き始めた。

 「いゃー、背中で何してるの?こそばいわ」
 「公式書いて、勉強しとるんじゃ。こうされると性感帯を刺激して気持ちが良かろうがァ」
 「何んがァー、人の背中で馬鹿なことせんどいてェ……」
 真昼間から不届き千万なことをしながらも、私の頭は公式の証明を考えていた。
 彼女は何度も、後ろを振り向いて、「ねぇ、まだァ。ねぇ、まだなの?」と終わりを催促するが、知らん顔をしていた。

 そして、待ち切れずにまた訊く。
 「ねぇ、まだ……?」
 「もうちょっと……」
 「ねぇ……、さっさと出すもの出してェ……」
 「分かってるよォ」
 「ねぇ、もつと早くしてェ」
 「もっと早くして、たって。もう直……」
 「早く出してよォ……早くゥ」
 「うっっ……、もう直……、もう直だからね。直に出でるよ、答が……」
 彼女はこの言葉で、一瞬怒った。

 「あんた!セックスしてたんじゃなかったのォ?!」語尾を引き摺らせて、凄い剣幕だった。
 「いや、勉強をしてました」
 「うち、こんなことしたら体もたんわァ。こんなの厭
(いや)や。こんな変態とは、よう付き合っとられんわ!」とへたばってしまった。

 終わった後で、
 「あんた、変わった人やねぇ。そんなことして、勉強できるのォ?」
 「俺は勉強する時、いつもこうやるんじゃ」こう言って、彼女の言葉を傲慢
(ごうまん)に突っ跳ねたら、
 「そんなら、うち、たった今これで降ろさせてもらうわ!こんなことされたら、躰がもたんわァ」と強気に出て来た。とうとう彼女を怒らせてしまったのである。

 私はこの旅館で、彼女が一番気にいっていた。ここで今降りられたら私の試験勉強は挫折し、全ては水の泡になってしまう。此処へ来た意味がなくなる。野仲もこれを聞いたら莫迦笑いするだろう。何としてでも、回避しなければならなかった。
 そうなったら大変と思い、
 「ごめん、ごめん。俺が悪かった、俺が……。本当にすまんことをした。どんな償
(つぐな)いでもする。腹が立ったのなら、気が済むまで煮るなり焼くなり好きにしてくれ」と恥も外聞もなく、平蜘蛛(ひらくも)のように畳に這(は)い蹲(はいつくば)り、頭を擦(す)り付けて、彼女の許しを乞うために土下座をした。

 「どうか、この通り。勘弁して下さい」更に平蜘蛛のように貼り付いた。
 この私の這い蹲った恰好が可笑しかったのか、彼女はクスクス笑って、
 「あたしが今言ったことは冗談よ。あんた、いい人だから許してあげる」と言ってくれた。
 何処か可愛いところがある奴だと思い、彼女の性格の良さのようなものが感じられた。

 ある時、彼女から、
 「あんた、着物の脱がせ方がうまいんやねェ」と感心されたが、
 「俺は子供の時、芸者の置き屋で育ったんだ。その時に女の着物の着せ方と脱がせ方を覚えた。童貞も、その時に捨てた。小学校五年の時だ」と言ってやったら、「へーッ、あんた貌
(かお)に似合わず、随分とマセてたんやねェ」と妙な感心された。

 「子供の時、何処で育ったの?」
 「嬉野温泉」
 「佐賀の嬉野?」
 「そうだ。そこで小学校五年のある時期を過ごしたんだ」こう返事した時、不図
(ふと)、千代のことを思い出した。
 私は彼女に特別な注文をつけた。
 「俺と居る間、いつも着物でいてくれないか」と言う私の願いを彼女は、にっこり笑って「いいわ」と叶えてくれた。

 この界隈
(かいわい)は、昔の遊廓(ゆうかく)の名残(なごり)があるところだ。夜ともなると、何処からともなく三味線の音が聞こえたりする。
 そして、いつの間にか、舞台は嬉野に早代わりし、千代と一緒にいるのではないかという錯覚に陥った。

 時々、千代の顔と彼女の顔が二重映しとなった。少年の頃に見た、あの澄明
(とうめい)な美しさを湛(たた)えた千代の項(うなじ)が、今ここに居る彼女の項の曲線と重なって、ほんのりとした懐かしさが込み上げて来た。

 兎
(と)に角(かく)こんな調子で、試験期間中の一週間を此処で彼女と暮らしたのである。いつの間にか、彼女に情が移り、それに絡め取られて、別れる時がとても辛かった。涙が出てきて、この儘、彼女を私の家にまで連れて帰りたいような衝動に駆られた。
 もし、それが叶わないのであれば、せめて後一日此処に居たいような気持ちになった。だが、帰らなければならなかった。

 別れに際し、
 「今度、いつ来るの?」と訊かれたので、
 「一ヵ月後に必ず来る……」
 「本当……?」
 「本当だ、必ず来るからな。元気でな」と言って指切りをし、着物姿の彼女を思い切り抱き締めてやった。彼女も目に涙を溜めていたようだ。

 一ヵ月後、再び、此処を訪ねたが、旅館は閉鎖されていた。野仲から話を聞くと、売春防止法で警察に摘発されたとの事であった。“あけみ”と言う女も、一緒に捕まったのだろうか。




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