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旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 45


 ─────決戦場になるであろう現場の、T公園をもう一度訪れてみた。地形を読む為である。この公園は単に平地の公園ではない。やや高所に属する小高い丘陵
(きゅうりょう)に造られた自然公園であり、高低があり、緩急(かんきゅう)がある。
 つまり平面の、畳の上や板張り、あるいはリングの上とは大いに異なるのである。何箇所かに楢
(なら)の大木も生(お)い茂り、樹々の間に躰(からだ)を隠す事も出来る。願ってもない、ゲリラ戦を展開する上では、申分のない所であった。

 実際にゆっくりと歩きながら、各々の箇所の地形の特長や、身を隠す為の木の大きさなどを点検して廻った。そしてそれを、細かく頭の中に叩き込んでいくのである。

 むかし、物の本で読んだが、平時に於いて、人目を刺戟しないように戦術的地形を養うには、狩猟が一番良いというふうなことが書かれていたのを憶
(おぼ)えている。したがって、一度(ひとたび)戦時になり、領土を戦場になった時の想定として、領主は狩猟に励まねばならないということを、子供の時から教わるのである。

 領主の跡継
(あとつ)ぎとして生まれた者は、少年期より、自国の領土で兎狩りや鹿狩りを楽しむのである。将来戦場になるであろう場所を遊び場にし、あるいは演習場として狩猟に励み、他国の者が迷路と思われるような錯雑地(さくざつち)でも、自分にとっては、わが家の庭のように熟知するのである。

 戦いは、死ぬ為に戦うものではない。サバイバルの為の戦いである。サバイバルは生き残ってこそ、その価値がある。戦って死んでは何もならない。
 曾
(かつ)て、太平洋戦争末期、日本軍は特別攻撃隊を組織し、敵艦に体当たりする特攻攻撃を敢行したが、これはサバイバルの為の戦いではなかった。感傷主義に流された、単なる「滅びの美学」に酔った犬死の観が強かった。出撃した隊員は一人として帰還することが許されなかったからである。戦術としては、下の下であった。戦士を、帰還させないと言う、戦術思想こそ、残酷なものはない。

 では、何故こうした道を選択したのか。
 それは「戦略防禦
(ぼうぎょ)」という戦闘思想に欠けていたからだ。つまり「戦略防禦」とは、同時に「戦略的退却」という逃げ道の確保も、同時に戦略の一部に組み込まれ、退路を確保しておくという事である。しかし、当時の日本軍のは、「戦略的退路」というものを全く考えず、各地で手当り次第に戦闘を起こし、小競(こぜ)り合いが戦争に拡大した。この誤りは少なからぬものがある。そして、やがては引き返す、帰り道のない所まで追い込まれるのである。退路を確保しない戦術は、もはや戦術とは云い難く、策としては下の下であった。

 進攻してくる敵が、兵員数や強さの上で勝る場合は、接触点の上で強弱を設け、弱いと見せ掛けてその後を負わせ、追って来た敵を、強力な兵力で叩かねばならない。つまり敵の優勢な兵力を叩く為には、敵を倒すことよりも、敵を疲れさせることに重点を置かねばならないのである。これが「戦略防禦」の基本である。

 次に「戦略的退却」を考えた場合、退却を有利にする最終条件は、敵に過
(あやま)ちを仕出かさせ、敵の過ちを発見することである。それには退却の終点【註】俗に言う決勝点)が何処にあるか、その地域を限定し、固定してはならず、時にはある程度退(ひ)いても、乗ずる隙(すき)が見出せない場合は、更に数歩退却して、隙の生ずるのを待たねばならないのである。
 つまり「隙」こそ、反撃に乗ずる最大の特異点になり、この特異点を起点として、サバイバルの展開を企
(くわだ)てねばならないのである。

 『孫子』の「地形篇」
(第十)には、「彼を知り己(おのれ)を知れば、勝ち乃(すなわ)ち殆(あや)うからず。天を知り、地を知れば、勝ち乃ち全(まっと)うすべし」とある。
 これに当て嵌
(は)めて、『三国志』の英雄・曹操孟徳(そうそう‐もうとく)を見てみれば、曹操は「天」を知り、「地」を知り、「彼」を知っていた。ところが、「己」は知らなかったのである。「己」を知らなければ、同時に、本当は天も、地も、彼も、知らないことになる。

 『孫子』の有名な冒頭の「くだり」は、実に難しい解釈がなされている。それはまず、「彼」を知り、「己」を知ると言う事であり、その上に「天」を知り、「地」を知れば、という「二段構え」の解釈になっていないのである。多くの人は、ここを間違って解釈してしまうのである。したがって、この解釈に正解を求めるならば、この二段構えと見間違う、前後置換は、片方だけを述べたとしても、述べられていない片方も含まれていると解釈するべきなのである。

 それは「天を知り、地を知れば、勝ち乃ち全
(まっと)うすべし」と述べられていても、「彼を知り己を知れば、勝ち乃ち殆うからず」ということも含まれており、「殆うからず」と「全うすべし」は異語でありながら、然(しか)も同義の意味を持つのである。

 では「己」とは何か。これを広義に解釈すれば「味方」も含まれるであろうが、狭義に解釈すれば「自分自身」ということになる。
 曹操は、人間の持つ利欲の強さを誤算していたのである。人間の行動は、盟主を中心として一丸となり、それに向かうと言うことは殆ど無い。各々に損得勘定が働いている。大義名分は正義であっても、それは思惑を含んだ正義であり、心が一丸となった正義ではない。一叟の舟を操るにしても、船頭が多過ぎては、舟の動きは儘
(まま)ならない。互いの思惑が働くからである。集団になった場合、こうした含みが、やがて損得勘定になって、「へたな動き」を興(きょう)じることにもなるのである。

 集団はその勢力を増すことによって、大兵力を構築するが、それは兵士の心が一つになった場合の必要十分条件である。したがって古来より、兵士の心を一つにする為に、法螺貝
(ほらがい)や太鼓を用い、旗指物を用い、兵士達の耳目を一つに統制する方法が遣(つか)われて来た。
 「兵士たちの心が一つになり、統制がとれれば、勇気ある者とて、一人で先駆けて進むことは出来ず、また、勇気のない者とて、一人で逃げ出すこともできない」
 これは集団戦での個人プレーを戒めると同時に、敗走する人間の心の弱さを防止しているのである。
 集団は、確かに徒党を組んで気勢を挙
(あ)げているうちは勇ましいが、こうしたものは時間と共に消滅するものである。

 「朝方の気力は満ちて鋭く、昼間は気力が弛
(たる)み、夕暮れには気力が尽き果てている。更に夜間に至れば、戦意が萎(な)える。したがって戦(いくさ)上手は、敵の気力が鋭い時は避け、敵の気力が弛み、尽き果て、萎えているところを攻撃する。これは敵兵の気力を掌握(しょうあく)しているからである」

 集団に勝つ為の方法は、敵の一番弱った時期を狙うしかない。実を避けて、虚を撃つ以外ないのである。
 そして「夫
(そ)れ兵の形は水に象(かたど)る」とある。
 これは形の極みは、無形であり、然
(しか)も無限に様変わりすることを顕わしているのである。それはむしろ外形より、人間の心の裡側(うちがわ)を顕わした言葉なのである。

 私は、「実を避けて、虚を撃つ」と自分の心の中で叫んだ。私の言う「虚」とは、野戦の事だ。夜陰に乗じての夜戦のことだ。それは一番萎
(な)えた時刻に、虚を突き、襲い掛かる事であった。


 ─────その夜遅くアパートに戻った。由紀子は既に仕事から戻っていて、例の如く医学書を積み上げた机に向かって、自分の勉学に余念が無かった。

 「只今帰りました」と気後
(きおく)れしながら、丁重(ていちょう)に帰宅の挨拶を告げると、
 「今、お帰り?随分お早いご帰宅ですこと。お食事はそこにありますから、勝手に食べてらしてね」と、いつものことながら、私が帰宅の遅い時の、恒例の皮肉を一通り喋り終わると、再び机に向かい、自分の勉学の手を休めようとしなかった。

 「勝手にやりますから、僕のことは気兼ねしないで下さい」
 「気兼ねしていませんわよ。ただねェ、いつ下手な“綱渡り”を始めるか、それを懸念
(けねん)しているだけですのよ」
 彼女の、売り言葉に買い言葉は、中々手強
(てごわ)いのである。未(いま)だに、私を見張る警戒は怠っていないのである。敵?も然(さ)る者だと思う。監視の目はしたたかであり、油断がならなかった。
 「いやだなァ、そんなに“下手”“下手”と連発すると、何だか本当に下手になって、簡単に渡れるようなところからも墜
(お)ちてしまうじゃありませんか」
 「あたしの云っているのは、綱渡りを“する”ことではなく、“しない”ことをお願い申しておりますのよ!」
 一瞬ムッとしたが、更にこれを切り返すと、何もかもがバレそうなので、
 「僭越
(せんえつ)ながら今晩も、勝手ながら“独り手酌”で、一人寂しく晩酌させて頂きます」と、そう断わって、台所の片隅にあったウィスキーの安瓶(やすびん)を引っぱり出して、由紀子の作ってくれた、晩ご飯を肴(さかな)にチビリチビリやりだした。

 「お酒は飲んでもいいですけれど、飲み過ぎないように程々にして下さいねェ。あなたの僭越はいつも、度を超してしまいますから、そのへんは程々にね。それに鯵
(あじ)の三杯酢(さんばいず)はその儘で食べられますから、その上からお醤油をかける必要はありませんよ。茄子(なす)の挽肉(ひきにく)あえには、少しお醤油をかけた方がいいですからね。間違わないで下さいよ……」
 彼女の頭の中には、医学書を読みながら、その一方で食事の膳の様子が一部始終把握されていて、それを手にとるように反芻
(はんすう)させ、同時に、私に指図を加えると言う芸当は、多角的かつ複合的な示唆能力がそうさせているのであろう。彼女は、一度に三つのことを同時に行っているのである。医者の頭脳とは、かくあるべきものか。

 由紀子は勉強机から、このように声を投げかけ、私のいつもながらの行動パターンが手にとるように分かるようであった。私が今から、何をするか、全く見ていないようでいながら、その全貌
(ぜんぼう)を見ているかの如くに、私の過去の失態を帰趨(きすう)するように、私の「過ぎること」への釘を刺すことを忘れないでいるのである。

 それがどうしたことか、そこへ由紀子が、「今夜は、あたしも少し頂こうかしら」と寄ってきたのである。全く予期しない事であった。果たして、これを奇遇と受け流してよいものか。こちらも決戦を前にして、何事も悟られてはならない弱味があった。
 「おつき合い頂けるのですか?」
 「ええ、あなた一人での晩酌では、何かと寂しいと思って。毎日寂しい思いをさせているのだから、今晩ぐらい、お相手致しますわ」
 「これは、ありがたい。何かと、独り手酌では、侘びしくて寂しいものがありますからね」
 一応お世辞の積もりで云ってみた。いつもなら、私の晩酌の相手など、つき合ってもくれないのだが、今宵はどうしたことか。何か、勘付いたのだろうか。多分に尋問
(じんもん)される恐れを懸念(けねん)した。誘導尋問にでも引っ掛かれば事は一大事だ。

 私には、大事の前の小事。この小事が発覚しては、私の計画は挫折する。何とか早急に手を打って、由紀子に勘付かれないようにしなければならない。それには晩酌をつき合ってくれる由紀子を煙りに巻かなければならない。二人で、のらりくらりと酒盃を重ねていれば、いつかは私のボロも発覚しよう。
 どうすればよいか。
 それは彼女を酔い潰す以外ないだろう。ウィスキーとビールと日本酒と焼酎との四種をごちゃ混ぜにすれば、間違いなく酒の廻りが早くなる。直ぐに酔い潰れる。酔い潰れるだけではなく、悪酔いする。そんな悪戯めいた事を考え付いたのだ。要するに、「爆弾」である。この四種の性質の違う酒を、ごちゃ混ぜにして、馬鹿酔いさせることを「爆弾!」という。

 私は日本酒党でないが、まずは手始めに、日本酒で指しつ指されつも、いいものだと思った。それには温めの燗
(かん)をつけた日本酒で、ちびりちびりとやり、その後、ビールとウィスキーをごちゃ混ぜにして、最後は焼酎で一気に酔い潰す。われながら「苦肉の策」の悪戯を考え付いたのである。しかし季節は、クソ暑い、夏の夜である。燗酒の策が成功するか。

 由紀子への攻撃は、二段、三段の体勢が準備されていて、私は、ただそれを実行すればいいだけになっていた。
 「折角、あなたがお相手してくれるのだったら、日本酒で指しつ指されつの、ひとつ風流にまいりませんか」
 「この暑い晩に、お燗
(かん)をつけて日本酒を呑むのですか?」
 「暑い晩だからいいのですよ。暑い夜の一晩を、蛙や虫の声でも聴きながら……」
 「それもそうですわね。でもね、日本酒って、最初は風流で指しつ指されつで、ちびりちびりやっていても、最後は飯場か番屋の“茶碗酒”にならないかしら?」
 「大丈夫ですよ。最後まで酒盃
(さかずき)で、指しつ指されつで通しますから……」
 「本当かしら、あなたの場合、小さな“おちょこ”の指しつ指されつが、つい“どんぶり酒”に変ってしまいますもの」
 私の躰
(かだら)の事を気遣ってのことであろうが、何か一種の皮肉のようなものが籠(こも)っていた。しかし、彼女も日本酒での“お相手”で結着を付けたようである。台所で、日本酒向きの肴(さかな)を作り始めたのである。

 肴が出来上がると、さて、愈々
(いよいよ)小さなお膳を囲んで、指しつ指されつの風流?な酒宴の始まりである。
 レディー・ファーストで、まず彼女から。酒盃になみなみと注ぎ、「まあ一献」となった。何かを語らい、指しつ指されつをするのだが、彼女は注がれるに従い、妙に調子づいて、中々酔う気配がない。ピッチは早いが、一向に酔う気配がない。ほんのりと頬
(ほほ)を赧(あか)らめただけだった。

 「酒盃が小さ過ぎるのではありませんか?」
 一向に酔ってくれない、彼女にこう問いかけた。一応、鎌を掛けたが、乗ってくるとは思わなかった。しかし、「それもそうねェ」と相鎚を打った。これはどうしたことかと思った。
 「では、少し大きめの“どんぶり”で」と云うと、「“どんぶり”は駄目、“どんぶり”は」と云うので、「じゃあ、“ちょこ”と“どんぶり”の中間を採って、“お茶碗”では……?」ということになった。
 「うぬッ……、あたしを酔わせてどうするの?」と変なことを口走った。そして疑わしい眼で、睨
(にら)むのだった。
 「どうもしませんよ、天地神明に誓います。僕は紳士ですから、変質者を見るような、そんな、嫌らしい眼で見ないで下さい」
 こちらも、云うだけのことはいってみた。

 そして、彼女の顔をよく見ると、酔いが廻っているのが確認できた。この調子で行けば、あと一息だった。此処まで来たら、燗
(かん)をつけて指しつ指されつでは、実にまどろっこしい。手間どって、実にじれったい。一気に“冷”で攻め捲(まく)らなければならない。
 彼女の手に茶碗を握らせ、「まあ、お一つ」と、直接一升瓶から冷酒を注いでやった。
 注がれる度に、「もう、そんなに注がないで」といいながら、頭
(かぶり)を振ってイヤイヤをするのだが、私も手が滑ったふりをして、「おっとっとと……」と云って、なみなみと茶碗に注いでやった。
 「なんで、そんなに沢山注ぎますの?」
 「つい、手が滑りまして」
 そう云いながら、また、「おっとっとと……」とやって、溢れる寸前まで、なみなみと注ぐのであった。人を馬鹿呑みさせ、馬鹿酔いさせるには、この手が一番なのである。

 呑む度に、彼女の酩酊は深まり、ついに酔い潰れてしまった。以外に脆
(もろ)く潰れたのだった。そして、これでいいのだと思った。男の思索に、女が入ってきては、口を挟まれて、それ事態が崩壊するからだ。

 そして、此処からが私一人の時間になる。食うか食われるかの戦争を仕掛けようとする思考の最中に、不図
(ふと)一息抜く、そんな寛(くつろ)ぎの一時(ひととき)がある。
 またそんな夜に、独り、ロックの氷の音を聴きながら飲むウィスキーの味は格別である。
 由紀子は酔い潰れたままであった。お膳に伏して静かに寝息を立てている。その横で、私一人の時間が始まるのである。彼女の背に、そっとカーディガンを掛けてやった。そして彼女の肢体を眺めながら、一瞬艷
(なまめ)かしいと思うが、別に特別な欲情は起こらない。むしろ、冷静であった。そっとしてやりたかった。人間が死に臨む時は、こうしたものかと思った。

 これからが思索の時間である。思索するだけ思索して、そして最後は、その酔いに任せて、その辺に転がり、朝まで眠り込む。何とも言えない眠りの甘美さは、これを味わった者でなければ分からないであろう。これは目前に、命を遣
(や)り取りする戦いを控えている人間ではないと、分からない心境であろう。

 いつから、このような癖
(くせ)がついてしまったのだろうかと考える。私は躰(からだ)を張って、生死の境を見極めようとしていたのかも知れない。
 肉体を精神力でコントロールしようとする武士道の生き態
(ざま)に感化されて、それを試して見ようとしていたのであった。
 そのことが少なからず、緊張を生み、ある種の戦慄
(せんりつ)を生み、今、生きているという証(あかし)が感じられたのだった。
 つまり舞台役者が、自分の役所
(やくどころ)に応じて、その役に成り切り、完全に成り切ったと言う次元で、身も心も捧げ、その役の大きさに酔うのである。私は、完全にその役に成り切った積もりで居た。

 私はウィスキーのグラスを目の前に、一時の翳
(いや)しを楽しみながら、酔いが回るに連れ、半分、仮睡(まどろみ)の世界を彷徨(さまよ)うように、過去の回想に耽っていた。そして、それは酔うほどに深くなっていった。
 口に運んだウィスキーのロックを、舌で転がすように味わいながら、私は自分が、もしかしたら乱世の戦国時代に生きているのではなかろうかという錯覚に陥ったのであった。しかし、これには不服が無かった。私にとっては、あるいは、この時が乱世だったかも知れない。

 酔ったせいでもあろうが、肚
(はら)も据(すわ)り、目標も定まり、戦機(せんき)も熟していた。後は戦うだけである。
 私はたった今、一匹狼の喧嘩師になろうとしていた。
 だが頭の中は、静かに動いている標的を追っていた。その標的は幾重
(いくえ)にも巧妙な連絡網を持ち、片時(かたとき)もじっとしていないのだ。そして真実という標的は、絶えず動いているものだという結論に至った。

 何処に狙いを定めればいいのだ、そんな危険を回避する反芻
(はんすう)を繰り返す度に、少なからず、私に迷いを生じさせるのであった。
 酩酊
(めいてい)の“ほろ酔い”とは裏腹(うらはら)に、微(かす)かな野獣的な直感が胸騒ぎに似た、細波(さざなみ)をたてているのである。
 果たして、たった一人で奇手
(きて)を用いたからと言って、多数を相手にする個人プレイが何処まで通用するか、そんな危惧(きぐ)の念を抱いたのである。最近はゲリラだって、立派な軍隊組織を形成して活動を行っている。

 だが、私はどうだ。
 組織も持たなければ、情報も皆無ではないか。十九世紀的なロマンティシズムの、一匹狼を気取ったところで、果たしてそれが何処まで通用するものか、この命題は容易に答えが出せそうにない。
 そして尚も反芻する。

 個人の暴力で、多数の暴力に対抗しても、所詮
(しょせん)は多勢に無勢。結果から云えば、袋叩きの目に遭(あ)って、滑稽(こっけい)で、悲惨な末路(まつろ)に追い込まれるのは必定だった。
 《いつでも死ねる》と自負しながらも、その非情な精神が、つい、箍
(たが)を弛(ゆる)め、事勿(ことなか)れ主義に転落していくのは、世の中に往々にしてある事なのだ。
 なにかしら、過去の反芻
(はんすう)から起った、ボヤキの不安が対決を目前に、私の心をじわじわと腐蝕(ふしょく)し始めていた。

 しかし私には、今一つの作業が残されていた。それは《いつでも死ねる》ことはさておいて、問題は由紀子に悟られない、布石
(ふせき)を準備しておかねばならないという、もう一つの作業であった。

 元来が小心者の私は、考えれば考えるほど、その答えが出せなくなって混乱を極める性格であった。またそれが一杯、そしてまた一杯と、酔いに任せて酒を呷
(あお)るのである。ついに追い詰められた状態に、心を趨(はし)らせるのであった。

 そんな時、普段なら「もう、それくらいにしたら」と、彼女から気遣
(きづか)いの声が掛るのである。それで仕方なく、お開きにしてしまうのである。
 これを押し切って、深酔いする威勢はない。後は早く眠りに就
(つ)くしかないのだ。
 こんな時、私の就寝手段は、出来るだけ日本語の翻訳
(ほんやく)の極めて悪い、意味不明な、外国物の推理小説を読んで、眠りに就こうとする姑息(こそく)な手口が残されていた。翻訳の悪い、外国モノの推理小説ほど、眠気を誘うものはないからである。

 私にはこういう訳の分からない、翻訳モノの推理小説を読むと、つい眠くなる癖があった。
 しかし、今宵はこんな声も掛からない。由紀子はそんな私の傍
(そば)で、酔い潰れて眠っている。静かな寝息を立てている。初めて見る静かな寝顔だ。初めて見る少女の面影を残した寝顔だ。こうした彼女を置いて、対決に臨むことは、一瞬憚(はばか)られる。心に後ろ髪を曳(ひ)くものがある。
 自分で、何故だろうかと思う。しかし、行かねばならない。放っておけずに、「義によって助太刀
(すけだち)申す」のだ。

 男が戦場に赴
(おもむ)く前日、やたらに女を欲しがると言う。女の躰(からだ)を欲しがると言う。それは恐怖が性欲を増幅させるのであろう。一種の脳に心理的異常が生じて、性腺(せいせん)を刺激し、異常性欲を起こすからであろう。この異常性欲は、総(すべ)て恐怖から起こるものである。恐怖は性欲を増幅するのである。しかし、性欲の捌け口に女体が使われるとしたら、それは実に惨めであり、また女性の尊厳を傷つけることになる。女は、道具ではないからだ。

 しかし、日本には女を道具に使う悲しい歴史がある。また、それを容認する考え方もある。
 そして、人情的には、戦ってやがて死ぬ場合もあるのだから、せめて生きている今の間に、女を抱いて死んで行こうと思う女性軽視の考え方もある。これは少しも思い残すことなく、未練なく、死んで行こうと考えるのかも知れない。しかし、こうした時の性欲は永遠のものでない。一時のものである。一時の高まりが去れば、それで終りで、永遠に持続するものではない。しかし、これでこの世との未練を断ち切ろうとする。

 かつて特攻隊員は、出撃前、そう言う気持ちで女を抱いた。また、特攻隊員を世話する特攻隊基地の近辺の女学校の女学生たちは、自ら進んで彼等に身を捧げたという。出撃の前日、彼女達は特攻隊員の、「生きながらに神」と称された彼等と一夜を伴にした。周りの者も、こうした仲を不純とは思わなかった。決して不潔とは思わなかった。
 だが、特攻隊員と彼等を世話した女学生との間には、やはり「死んで帰らぬ……」という同情の念から、こうした即席の、男女の肉の関係が生まれたのではないかと思う。

鹿屋基地より出撃する海軍の特攻隊員。彼等は出撃前夜、何を考え、死に臨んだのだろうか。(毎日新聞社編・昭和史「空襲・敗戦・選良/昭和20年」12巻より)

 特攻隊員の全部が全部、女学生と一夜を伴にしたとは言わないが、しかし、出撃の前日、初めて肉を交え、女学生と寝た特攻隊員は、決して少なくなかったであろう。この世の、最後の見収めだったかも知れない。それが純粋な気持ちから起こったことだけを願う次第である。

 最後の人情を持ち出せば、これも頷
(うなず)ける話であるが、しかし、その一方で、戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』の主人公シラノの抱いた、葉隠的な、「忍ぶ恋」の戦場に赴(おもむ)く手段もあるのではないか。何も、肉の交わりがなくてもよいのではないか。

 シラノは激戦地に赴き、あの壮絶な「アラスの戦い」で、決心通り、自分の想い人のロクサーヌに、一言も、自分の心の裡
(うち)を明かさなかった。これにより、彼の恋は生きたのである。むしろ、死にかこつけて、女を抱く理由を求めず、ただ純粋に、恋に殉じ、死んで行くことだけを願ったのである。それだけに、この恋の格は高くなる。

 私もシラノに肖
(あやか)りたいと思う。心の底では、ただ一人の女性である由紀子を愛し、こよなく愛して、死んで行くのも恋に殉じる男の定めではないか。そういう結論に至った時、あえて肉を交わす必要はないのである。肉を交えることこそ愛の証とするのは、進歩的文化人の瞞(まやか)しでしかない。
 ふと、そう思う時、傍
(そば)に、静かに寝息を立てている由紀子を見て、この美しい顔、この美しい躰、それを見れば見るほど、一瞬目を背けずにはいられなかった。そして惜別の念が湧いた。



●機は熟した

 誠の勇者とは、如何なるものか。
 恐らく人の苦しみを、黙って見捨てておけぬ『有情
(うじょう)の士』の持ち主を言うのであろう。「義によって助太刀(すけだち)申す」も、有情から来る行為であろう。

 対決前夜の昨日から、色々と考え事をしていて、この夜は良く眠れなかった。ここが小心者の所以
(ゆえん)であろう。そして、ついに対決の当日の朝が来た。

 心の中で、
(あまり眠られないまま、とうとうこの日が来たか)と言うのが正直な感想であり、今日と言う、一日を考えてみた。
 それは八門遁甲の計算式から、特殊な技法を使って割り出した日取りである。宇宙の運行の空恐ろしい秘密を、私だけが知っていると言う自負心に、不思議な力と勢いを感じていた。
 一年の裡
(うち)で、否、一生の裡で、このような勝運の定まった日は、そうざらにはあるまい。
 そして八門遁甲の計算式から割り出した軍立 は、奇
(く)しくも新月(しんげつ)の日と重なっていた。旧暦の七月の「文月ふみづき/新暦の8月22日から新暦の9月20日)」に当たる、新暦の8月××日は朔(さく)である。つまり新月と言うことだ。この日は所謂(いわゆる)闇夜(やみよ)である。
 月が出てないということは、目の遠近感のない私にとっては、実に好都合であった。

 私は思っていた。
 戦いの成り行き、つまり結末は、大方がはっきりしている。それは数学的な集合理論で結論を見い出す事が出来る。
 要するに確率の基礎的な数式の起き得る確からしさ、「集合S」と、その任意の部分集合A及びBに対して、起りうる条件を定めることによって、簡単に片付くであろう。私の上に重くのしかかる底無しの恐怖感は、起こりうる戦
(いくさ)の成り行きを、こともあろうに、数式で導き出そうとしていた。

 単純なA及びBの組み合わせから、A⊃B、A⊂Bの各々を導き出し、それを満たすような発生しうる事柄を、起りうる順に整理して、AのSに対する相対頻度
(そうたいひんど)を行動原理に当て填(は)めればよいのである。
 そこに目標も、手順も明確になってくる筈である。この行動原理の裏付けは、勇気と決断力であり、それに少しばかりの野獣性と無分別があれば事が足りるのである。

 しかし客観的には、このように割り切っても、小心者の私は、この現実を主観的に考えれば、そうもいかなかった。多分それは最前線に赴
(おもむ)く兵士の心情であったろう。
 妻や子供を内地に残し、軍の輸送船に揺られて遠い外地の最前線に向かう、名も無き一兵卒の、あの嘆きに似た心境である。だが今となっては、この戦いの中に身を投ずる方が、気が休まるような気分になっていることも確かであった。そう感得すると、ひとりでに祈りに似た心が湧いて来るのである。
 そして真の勇猛心
(ゆうもうしん)は、それに反して、必ず柔軟(じゅなん)な心と、ともすれば事の重大性に怖(お)じ気(け)付く心を伴うものである。

 この日は道場の稽古日なので、アパートを出る時も、複雑な言い訳はいらなかった。いつもと変りなく、午後6時からの稽古に合わせて、5時45分という定時にアパートを出た。由紀子が帰り着いてから、入れ違いの形になるのである。彼女は、私がこれから喧嘩に行くとは夢にも思っていないだろう。

 だが、私は《鬼》にならなければならなかった。
 戦う以上、戦いを前にした戦士は、人間ではなく《鬼》の心を持っていなければならない。
 鬼とは、突拍子
(とっぴょうし)もないことをやらかす戦鬼(せんき)である。無分別の極みにいなければならない。内には激しい憤(いきどお)りを持っていなければならない。それで始めて《鬼》になれるのである。

 端
(はな)から勝てる気持ちなど持っていない。ただ《俺が死んで、奴等の何人かも死んで貰(もら)う》それだけだった。

 凡夫
(ぼんぷ)は恐らく、この決心が着き難いだろう。それは《鬼》になり難いからだ。人間臭さが匂っていては《鬼》になれないのである。
 私は《鬼》になりきっていた。勇猛を得るには《鬼》になる以外ないのである。
 何故ならば、私は自らの動揺を偽
(いつわ)るために、それをつぶさに感じて、《鬼》になっていたのである。戦う戦鬼になっていたのである。粗野(そや)な感覚といい、誇示的な表情といい、それらの横行(おうこう)に対して、常に残忍な武装をしていなければ、自らの精神は滅びるかに思われたからだ。
 所謂
(いわゆる)、その精神の畸形(きけい)を以て、戦いに臨むという感覚があったからである。

 道場の稽古を早々夜8時で切り上げ、戦闘準備を念入りにした。
 刑法上で言う、凶器準備集合罪の処罰対象となるものであった。
 それを覚悟の上で、今回の作戦に用いる武器等の再点検を行った。作戦は夜陰
(やいん)に乗じた夜戦であり、武器は金槌(かなづち)を主力にして、目潰(めつぶ)しを食らわす砂袋(すなぶくろ)と、逆風が吹いた時に、それが自分の目に入らないようにするためのゴーグルであった。

 砂袋の中には、ただ砂だけではなく、ガラスを砕いた粉末
(ふんまつ)を混入した。また、暴れ廻った後に、退却路を逃げる際に用いる爆竹とタバコをポケットの中に忍ばせた。
 そして、午後10時を回った頃、道場から奴等に電話を掛けた。

 驚天動地
(きょうてんどうち)の計画も、一旦肚(はら)が決まり、戦闘準備が整うと、心には余裕が出来るものである。恐怖は何処かに消え去っていた。先ず、第一段階の手順を実行した。

 「これから金を渡したいので、指定した場所に、代理人を向かわせるので取りに来て貰いたい。引き渡し場所は、T公園の野外舞台の中央付近で各々の代表者が落ち合い、そこの舞台裏のベンチの処で金を渡す」等と嘯
(うそぶ)いた意向の電話をかけたのであった。
 そして、これはおおっぴらには出来ないし、人目の立たないことを旨としたいという意向を付け加えたのである。
 これに奴等が、まんまと乗って来たのである。

 しかし奴等も用心深く慎重であった。これに再度、念を押したのである。緊張をしていることが一目瞭然
(いちもくりょうぜん)であった。奴等も、また人の子なのである。

 「万一のことを考えて、儂
(わし)らは兵隊を大勢連れて集団で出向くので、妙な真似は絶対にするな。いいか!」等と、凄味(すごみ)の効(き)いた濁声(だみごえ)で怒鳴り、逆に、奴等も意地を張る駄目押しが窺(うかが)われたのである。
 奴等も、万一の場合は戦争をする気でいるらしい。少しでもそのような素振りをしたら、タダでは済まないと、蒸し返すようなことを何度も言ったのであった。

 ここまで巧妙にお膳
(ぜん)立をして挑発した以上、奴等に金を渡したところで、そう簡単に許しては貰えないだろう。それが次の恐喝(きょうかつ)の種になる。
 二度と反抗できないように、何らかのヤキを入れられることは薄々承知していた。奴等は慰謝料のチンケな金より、私にヤキを入れることの方が先決問題なのだろう。
 結局、金を取られ上にヤキまで入れられるとしたら、泣きっ面
(つら)に蜂(はち)の、一石二鳥の、安っぽい泣きを見ることになり、こんな馬鹿馬鹿しいことはない。

 だから私は最初から戦う気でいたのである。
 口先三寸の恐喝
(きょうかつ)と小手先の暴力で、真当(ほんとう)の戦い方を知らぬ兵法の素人風情に、脅(おど)されてたまるかという気持ちでいた。またそれだけに、簡単には殺(やら)れないだけの自負があった。

 戦う者は、戦う場所の地形を知り尽くしていなければならない。何度も繰り返し考えて、何処で戦うかを決めたのが、このT公園であった。
 ここは数日前から、下見も十分に行って、戦略の構図を描いていた。頭の中では反復するように戦術のイメージを繰り返した。機は熟した。もう、後戻りは出来ない。戦いに火蓋
(ひぶた)は切て落とされ、矢は弓の弦(つる)から離れれしまった以上、飛んで行くしかないのである。何処までも突っ疾るしかないのである。そして、死を覚悟することが私に課せられていた。

 死は迫っていた。最期は確実に迫っていた。覚悟はしていたが、その瞬間を迎えるに当たり、平静ではいられないと言うのが率直な私の気持ちだった。しかし、平静さを失わせるものは、何故だろうと思う。平静さを失わせる震源地は、いったい何処だろうと思う。そして幾つかの事柄を反芻
(はんすう)する。それは、死を恐ろしいものに見ているからではないかと思う。私は、此処に来て心を整理する必要があった。

 死を恐ろしいものに見るから、襲って来る敵を、よからぬ、畸形
(きけい)なもので捉えてしまうのである。もっと実体を冷静に検(み)る必要があった。このように検ることによって、冷静さを取り戻し、敵の弱点も幾つか見えて来るものである。そこに付け入る隙(すき)も出て来るのである。
 しかし、死を最初から恐怖で捉えてしまうと、何も見えなくなってしまう。襲われた者が、まるで蛇に睨
(にら)まれたカエルのようになり、その恐怖に負ければ、そこでしでかす愚行は、蛇の口に向かって飛び込むと言う、とんでもない愚行になるのである。これは恐怖からの愚行である。こうした愚行をしないためには、死生観を超越しなければならない。

 私は、もう一度覚悟しなければならなかった。その覚悟は、「今日、俺は死ぬ」ということだった。




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